ビルのオーナーが南方の仮面を集めてるんだ。
東南アジアとかアフリカとかニューギニアで、部族が儀式で被るような仮面だね。
そこはビルのオーナーが経営してる会社の事務所前。
最上階の踊り場に設けられているスペースだ。
仮面は様々で、ユニークな物もあれば気味が悪い物もある。
屋上は休憩所なので、ビルの入居者はよく使うんだが、
行くためには必ず仮面たちの中を通る。
そういうわけで、この場所はちょっとした名物なわけだ。
面白い場所だと思ってるか、仮面には無関心か、大半はどちらかだ。
だが、何となく気味の悪さを感じて敬遠する人もいる。
自分は後者だ。
得体の知れない何かがいる様な気配を感じる。
誰かに見られているような、視線が向けられている様な、そんな感じは行く度にある。
何度か袖を引っ張られたように感じたこともあった。
そういうわけで、用がなければ近寄らないようにしていた。
ある晩、自分は残業する羽目になった。
このビルで働く人は、ほとんどが夕方頃には帰ってしまう。
夜は一人だけでビルの中に残されるわけだ。
真夜中のビルは静かだった。
キーボードの音、表通りを時々通る車の音、換気扇の音、それら以外の音がない。
廊下も部屋も消灯されて真っ暗だ。
自分のデスクライト以外には明かりもないだろう。
何とも寂しい雰囲気の中、一人で黙々と作業をしていた。
書類を書いている中で、同僚のアドレスを打ち込む場面に出くわした。
が、覚えていない。
ケータイのアドレス帳から探そうと思い、ケータイを取ろうとしたが・・・
ケータイがいつもの場所にない。どうやらケータイをなくしたらしい。
最後にケータイを見た場所を思い返してみた。
・・・そういえば、屋上で昼食を食べた時、アプリを見せ合った。
ケータイに触ったのはそれが最後だ。
どうやら、昼食を食べた時に使ったベンチに置き忘れたようだ。
面倒だが・・・仕事を中断し、屋上までケータイを取りに行くことにした。
夜はビル全体が消灯している。廊下も階段も真っ暗だ。
豆電球がついたキーホルダーライトがあったので、それを頼りに階段を進んだ。
足元を照らしながら慎重に進んだ。
階段を上り、最上階の手前まで来た。
そのとき、ふと誰かがいる気配を感じた。
自分のすぐ上・・・南方仮面の間から気配がする。
真っ暗闇の中だが、確実に誰かがいる。
ゆっくりと視線を上に移しながら、ライトで照らしてみた。
すると、そこには誰もいない。
気のせいだったか?
そのまま屋上まで上がって行ったが、その途中も気配は感じた。
屋上でケータイを回収し、階段を下りて行った。
やはり、帰りも気配を感じた。
気になったので周囲を照らしたが、誰もいない・・・。
何気なく、仮面を一つずつ照らしながら、仮面を眺めた。
夜の暗闇の中でみる木彫りの仮面は、かなり不気味だった。
ある仮面を照らしたとき、一瞬目を疑ったが、冷汗がどっと出て動けなくなった。
仮面の目に空けられた二つの穴の中に、二つの目玉があったのだ。
目玉はこちらをじーーっと眺めている。
見た目は人間の目玉そのものだ。
あまりの恐ろしさに声も出なかったし、腰が抜けそうになった。
こちらと視線を合わせたまま、自分は後ずさりした。
目を合わせるのは恐ろしかったが、照明と目線は離せなかった。
暗闇になった途端、向かってくるかもしれないと思ったからだ。
こちらが動くと、動きに合わせて目玉もゆっくりと動いた。
下り階段の手前まで来たとき、視線とライトを仮面から外した。
それと同時に、全速力で階段を駆け下りた。
途中でこけそうになったが、構わず走って逃げた。
事務所の中まで戻り、すぐに入り口ドアの鍵をかけた。
そして、朝まで部屋から一歩も出ずに過ごした・・・
一晩中、廊下が気になって仕方なかったが、部屋に戻ってからは大丈夫だった。
後日、オーナーに彼が集めている仮面について聞いてみた。
信じて貰えなさそうなので、あの晩の事は話さなかったが・・・
オーナーは言った。
飾られている仮面の中には、呪術的な儀式に使う物も結構あるという。
祖国ではシャーマンや祈祷師が使う場合もあるそうだ。
祖霊や精霊を召喚する儀式に使ったりするのだとか・・・。
自分はこの話を聞いて納得した。
仮面から気配を感じたこと、あの晩に目玉を見たこと、そういった変な話についてだ。
そんな物を気軽に買ってきて飾るなよ、と思ったが・・・
自分が遭遇した怪奇の話をしても、信用しないだろうし、苦笑いするだけで済ませた。
とりあえず、夜は仮面に絶対近寄らないようにしようと思った。
こんな機会だから言えるけど、南方の土産物には結構やばい物もある。
ガチの呪物とか儀式用が混ざっているからだ。
皆も見かけたときに変な雰囲気を感じたら・・・気を付けたほうが良いかもね。