あれはなんだったんだろう、という話です。
2年前の3月、大学を卒業した私は、大学生活を過ごしたアパートを
引っ越そうとしていました。
大学生活を過ごしたと言ってもほとんど友達の家や彼氏の家で
過ごしていたので、週に1、2回荷物を取りに来る、という程度の
部屋でした。
引越し前夜のことです。
最後にこの部屋で呑もうか、と彼氏からの提案で、彼氏と
私の二人で私の部屋で呑むことになりました。
荷造りは万全。
なので周囲は段ボールや荷物の山です。
こういったシチュエーションで呑むのは新鮮で、入口付近の
空いたスペースに二人腰を下ろし、
「なかなかこうやって呑むこともないし」と彼氏と盛り上がって
呑み始めました。
丁度酔いが回り始めた頃のことです。
携帯電話のバイブレーションが部屋に鳴り響きました。
「携帯なってるよ」
彼氏に言われ自分の携帯を確認しますが、着信していませんでした。
「私じゃないよー、自分でしょ」
と酔った私は笑いながら彼氏に言いました。
彼氏は「え?」とびっくりしながらジーパンの中から携帯を
取り出しました。
「俺じゃないって」
「え…?」
じゃあ誰が?と不思議に思いましたが、私はすぐに携帯の
持ち主がわかりました。
「あー、隣だよ。ここ壁薄いし」
実際今まで携帯のバイブレーションが聞こえたことがあったので、
少しこわばった顔をしている彼氏に笑いながら言いました。
けれども、彼氏はこわばった顔を緩めません。
「隣ってどっちだよ。お前が座ってる方、隣ないだろ。
俺の方(の壁)からは聞こえて来ねえぞ」
私のアパートは1階が駐車場で、私の部屋はその上の2階でした。
部屋は角部屋で、彼氏の言う通り、私が座っている西側には
部屋はなく、彼氏が座っている東側に隣の部屋があり、
2階のフロアにはこの2室しかありませんでした。
となると、携帯の犯人は上の階の住人ということでしょう。
きっと床に携帯を置いているのだろうと、少し盛り下がった場を
上げようとからかい気味に彼氏に言いました。
「じゃあ上じゃない?何?びびってるの?」
「びびってねえよ!ただ…本当に上からか?よく聞いてみろよ」
あまりにも緊迫した言い方をされ、つまんないなぁと思った私は、はいはい、とバイブレーションの音が聞こえる方向を
面倒くさく思いながら探りました。
ウ゛ー ウ゛ー ウ゛ー ウ゛ー
二人して呑むのを止めて、部屋のあちこちをうろつきながら、
バイブレーションを聞いていました。
ウ゛ー ウ゛ー ウ゛ー ウ゛ー
コンポなど片付けていて音のない部屋は、とてもバイブレーションが
響きました。
どこからって上からでしょ、と思いながら私はうろついていました。
酔っていて、そんなことどうでもいいってなっていたんだと思います。
真剣に探す彼氏の背を見て、静かに溜め息をつきました。
するとその時です。
ウ゛ー ウ゛ー ウ゛ー ウ゛ー
私が座っていた西側をうろついていた彼氏が、ぴたりと止まりました。
「…ここからだ」
彼氏がここと言った場所は西側の壁でした。
「何言ってるの。そっちは部屋ないって」
「いや、ここだ…ここから音がする」
彼氏が壁に耳をつけようとしているので、私も、と彼氏の隣に
滑り込み、壁に耳をつけました。
ウ゛ー ウ゛ー ウ゛ー ウ゛ー
確かに壁の向こうから音がします。
けれども、その音はよく聞いてみるとバイブレーションの音とは
違うようでした。
ウ゛ー… ウ゛ー… ウ゛ー… ウ゛ー… ウ゛… ウ゛ウ゛…
「!」
私は壁から頭を剥がし、その勢いのまま反対側の壁に
すがりつきました。
彼氏は静かに耳を離し、ゆっくりこちらを振り返りました。
そして、震えた声で言いました。
「これ、うめき声だ…」
翌日、業者に引越しを頼んだ私は、荷物が運び出されている中、
何度も何度もアパートの周りを回りました。
西側の壁は外から見ると薄く、また壁周辺にはよじ登れるような
箇所はありませんでした。
となると壁の中に…?
そう考えると寒気がしました。
今までも、音が聞こえたことがあったのですから。
あれは、なんだったのでしょう。