小学校低学年の頃、友達がいなかった俺は
家の近くにあった山の中で、よく一人遊びをしていた。
その日の俺は、昨晩見た戦争映画の影響で
数十人の敵兵にたった一人で挑む、孤独な兵士になっていた。
森の中を彷徨いながら激しい銃撃戦を繰り広げ、
銃に見立てた指先で次々と敵を撃ち殺す。
そして、夕暮れで日が翳り始めた頃に
追い詰めた最後の敵である軍曹を仕留めると、俺は満足して
妄想を終えた。
ふう、疲れた。そろそろうちに帰ろうかな…と
休憩がてらに、倒れてあった大きな樹木に腰掛けると
幹と枝の間に張られてあった大きな蜘蛛の巣を発見した。
雨露を薄く弾いて輝く、網目状の糸の上に、琥珀色の
大きな足を持った蜘蛛がいる。
うわ、なんか綺麗だなと見入っていると、巣の端で
モゾモゾ動く物を見つけた。
やべえ、一匹、罠に引っかかってやがる。もしかしたら
蜘蛛が獲物を仕留める所を見れるかも。
俺は興奮して蜘蛛の巣にかかった昆虫に顔を近づけた。
しかし
そこにいたのは、昆虫ではなかった。
米粒ぐらいの大きさの、小さな人間だった。
両手両足を不規則に動かし
なんとか罠から逃れようと、もがき苦しんでいた。
俺は目を見開いて、茫然とその小さな人間を見つめていた。
バタバタ暴れていた小さな人間も、俺の視線に気付いたようで
ゆっくりと顔をこちらに向けた。
そして、憮然とした表情で言った。
「なに見てんだよ。面白いか?」
俺は転がるように森の中の傾斜を駆けた。
そして家に辿り着いて、母親に今、自分が見たものを
興奮しながら伝えた。
しかし当然のごとく、母親にはまったく相手にされなかった。
未だにあの時見たものは何だったのかわからない。