俺の婆ちゃんの家ってのが、今はともかくとして昔は酷く"らしい"造りをしていた。
俺の婆ちゃんの家ってのが、今はともかくとして昔は酷く"らしい"造りをしていた。
屋根は藁葺きだし、囲炉裏はあるし、風呂場は見た目こそ洋風だが小さな水色の四角いタイルを無数に敷き詰めてあって、薪をくべて湯を沸かすような…
そんなド田舎であるもんだから、胡散臭い話にはホント事欠かず、特に小学生だかの頃なんかは妖怪だかなんだかが潜んでいても全然不思議じゃない空気のようなものが溢れていた。
事実、俺もなんだか良く分からない体験を幾つかしてしていて、これもそんな話のひとつだと思って欲しい。
当時、中学生だった俺は夏休みになるとよく婆ちゃんの家に独りで泊まりに行っていた。
その頃になると家も改築していて、藁葺屋根も囲炉裏も、薪炊の風呂も跡形も無く撤去されていて、それでもあの独特の空気と言うか、雰囲気的なものはやっぱりそこかしこに漂っていて、爺ちゃんと婆ちゃんが用事で出かけた時などは拾い田舎の部屋にひとり残されてしまうわけで、あの誰もいないはずなのに。
でも誰かいるような独特の静けさときたら、今でもちょっと耐えられそうにない。
さて、そんなわけでその年も泊まりに行ったわけだが、この時の寝室と言うものは毎回適当に部屋を割り振られている。
まあ俺が気分で選ぶ事もあるのだが、その時あてがわれた部屋は家の一番奥の部屋で左隣が仏間と言う、なかなかにナイスな立地条件だった。
正直、俺はこの仏間が余り好きではない。
仏壇がある事は元より、部屋のそこかしこに所謂『ご先祖様』の写真が飾られているわけで、ガキの時分に家族で泊まりに来た時はこちらをじっと見詰めてくる(ような気がした)ご先祖様達に思わず尿とかちびりそうになったりしたものだ。
とは言え、中学生ともなればある程度、分別と言うか冷静さは備わってくるものでまあ寝るためだけの部屋だしなー、とか割り切れば、外に続くガラスの引き戸の向こう側には近くに小さな川も流れているわけで、真夏でも冷房不要なくらいに涼しい。
元来暑がりの俺としてはベストチョイスと言えなくもないわけだ。
そんなわけで、その部屋で眠ったわけだが……
異変に気付いたのは夜中の頃だったと思う――とは言っても時間なんて覚えていない。
ただ物凄く暗くて、もの凄く静かで、自分でもなんで起きちゃったかなー、とか呆れたくらいだ。
まあでも起きてしまったものは仕方なく、トイレでも行って水でも飲むかーとか思ったが体が巧く動かない……ってゆーか金縛りだ。
金縛りなんてベタな体験、実は俺自身その時まではまったく経験が無く、その時が初体験だった。
起き上がることは愚か、手足とか全然動かないし、妙に息苦しい。
うっわ、こりゃ最悪だーとか思う間もなく、心臓とかバクバクでどうしようもなく怖くてひぃひぃとか変な息が漏れてくる始末。
だけど目が次第に慣れてきて、部屋の中が輪郭だけでもうっすらと見えてきた時になって俺は、ある事に気付いてしまった。
誰か、居るし。
部屋の中は真っ暗だから顔なんかは判別できるわけもない。
でもそれは確かに俺の枕元に正座でもしていて、俺の顔をじーっと覗き込んでいる。
鼻先で何かがゆらゆらと揺れていて……これは多分髪の毛が垂れ下がってきているんだろうか。
だとすると結構長い――多分、女だ。でも、婆さんの髪はこんなに長くない。
それ以前に、この家にいるのは俺と爺さんと婆さんの三人だけだ。
じゃあ、コレ誰なんだよ。
流石に段々怖くなってきて、叫び声のひとつでもあげてやろうと思ったが、声すらでない。
その間も女(?)は身じろぎ一つせずに俺を見ている。
それは凄く薄気味悪い。
怖い。
と、その時。
俺の金縛り具合が更に強まった。
感覚としては「二人目が乗ってきた」
みたいな感じだ。
直後、視界の端で何かがちらりと動いた。
視線だけでそっちの方向を見てみれば、そこには二人目の『誰か』の姿。
一人目の女と同じように真っ暗で顔は見えない。
ただ髪の毛は若干短いような気もする。
それが、長い髪の女と同じようにじっと俺の顔を覗いてる。
俺はもう、頭の中が完全にパニックでどうして良いのか分からない。
だけどとりあえず、動けるようになろうともがいてみるが、すべて徒労に終った。
そうこうするうちに、視界の端でまた何かが動いて――
あ――何か、もう、あかん。
その後の事は良く覚えてない。気がついたら既に時間は朝で、周囲はほんのりと明るい。
俺と言えば寝汗びっしょりで、ぜえぜえと肩で息をしているような状態。
寝起きだと言うのに無茶苦茶疲れてる。
ってゆーか、昨日のアレは何だったんだ
思い出すのもイヤな感じなで、いっそ夢にでもしておいた方が良いんじゃないかと思いながら
何気なく部屋を見回す。
大丈夫。
昨日、寝る前と同じ部屋の様子――って、同じじゃない。
……開いてるし
仏間へと続くふすまが、昨日、眠る前まではぴっちりと仕舞ってた筈のそのふすまが何故だか、指三本分くらい開いていた。
昔から立て付けが悪いこのふすまが例えば何かの拍子に開くなんて事はまずありえない話なので俺はもう何と言っていいのか分からず、婆さんが朝飯に呼びに来るまで布団の中でぽかんとしているしか出来なかった。
でも、本当にアレだったのは。呼びに来てくれた婆さんに「昨日、こんな夢見たんだ」
とか言って、冗談めかして話した後の事で――その話を聞いた婆さん、訳知り顔で頷いて
「ああ。来てたんやねえ」
と、一言。婆さん……いや、何が?
なんだか薄ら寒くなって、それ以上は聞けなかったチキンな俺。
そのまま有耶無耶に十年とちょっと。
未だに何が来てたのか聞けずにいる。