バス釣り板「釣り場であった怖い話 第5夜」より転載
これはうちの飼犬とハタメイワクな友人の話。
うちは柴犬(♂)を飼っている。
今年で10歳になるのでけっこうな老犬だ。
名前はゴロ。今どきこんな昭和的な名前を付けるのもどうかと思うが我が家では犬の名前は「チビ」「ゴロ」「ジロ」のどれかに決めてるらしい。
理由を親に聞いてみると
「この名前を付けると、我が家ではどういうわけか長生きしてくれるから」
とのことで、まあ縁起担ぎみたいなもんだろう。
ところで犬というのは面白いもので、時々何もない空間に向かって吼えたり、そうかと思えば突然尻尾を巻いて逃げたりする。
うちのゴロはどうも他の犬に比べそういう不思議行動が多いようだ。
犬は嗅覚と聴覚が発達しているので人間には感知できない臭いや音に反応しているだけだと言う人も多いがうちのゴロはどうもそれだけではないらしい。
ゴロは風下の何もない空間に向かって吼えることも多々ある。
ゴロがまだ小さい頃の話、公園を散歩しているといつものようにゴロが空中に向かって吼えた。
「ほぉ、それが見えるか」
突然言葉をかけられ声の方向を見るとオッサンがいた。
「何が見えるんですか?」
そう聞くとオッサンは
「なんだかよくわからないものが見えるよ」
そうこたえた。
「幽霊とかですか?」
「さあ、なんだろうね。わしには見えてるというだけでその正体まではわからんよ」
「どんな形ですか?」
「なんかモコモコして雲みたいなやつだよ」
なんか胡散臭いオッサンだな・・
そう思ってたらオッサン俺の心を読んだのか
「犬連れて向うの桜の方にいってみな」
「行くとどうなるんですか?」
「さあ?吼えるか逃げるか尻尾ふるかどうなるかはわからんw」
なんなんだと、まだ空中に向かって吼えているゴロを引きずって桜を目指す。
が、途中からゴロが自ら走って桜に向かった。
しかし途中でピタリと止まり全力で桜に向かって吼えた。
俺はなおも桜に近づこうとゴロをひっぱると
キャイン!
ゴロは情けない声で鳴いてその場から逃げようとした。
俺はまたオッサンのところに戻って聞いてみた。
「いったい何が見えてるんですか?」
「動物ぽい何かだな。でもよくわからん。クッキリと見えるわけじゃないんだし、見えても正体わからんだろうな。ワシはオカルトの専門家じゃなくただ見えるだけだから。」
そういってオッサンは去っていった。
このことがあってゴロには常人には見えない何かを見る能力がある霊能犬であることを確認できたわけだ。
さて俺には自称霊能者の友人もいる。
こいつは本当に迷惑なやつで例えば高校の時に修学旅行で宿泊先のホテル抜け出して浜辺に遊びに行った時、
「うわああああああ、悪霊がいっぱいいるぅ!やめろ、こっちくるなぁぁあああ!」
と、突然大声で叫んだ。
周囲はけっこう人がいて、何事かと視線が集まる。
気の短いクラスメートたちが
「この野郎、何が悪霊じゃい、楽しい気分に水をさしやがって!」
激怒して自称霊能者の友人をフルボッコにした。
困ったことにホテルに戻ってからも
「さっきの悪霊が付いてきてるぞ!おまえに憑いてる!ぎゃあああ!」
と調子はかわらずでまたフルボッコにされる始末。
結局最後は
「見えないやつはいいよな、おまえらには俺の苦悩は永遠にわからん!」
と捨てゼリフを吐く自称霊能者の友人だった。
こんな調子がずっと続いて今にいたる。
ところで俺はバス釣りに行く時は必ずゴロを連れていく。
ボートにゴロを乗せて深山のダムで釣りをする、これがなんだか自分的にはかっこいいような気がする。
しかしそこは霊能犬だけあって俺には見えない何かに向かって吼えることがシバシバある。
それが絶好のポイントだったりすると迷惑なことこのうえない。
ある時、吼えまくるゴロを無視してワンドの奥までボートを進めた時のこと。
かつてない程激高するゴロ。
それでも無視したら
ガサゴソ・・
水際の草が揺れてノソっと出てきたのは・・クマ!しかも子連れ!
子連れのクマが危険なことは俺でも知ってる。
慌ててボートを反転して離脱!
数日後、この地区でクマによる被害がニュースで流れた。
ゴロはリアルな危険も事前に察知してくれるので、あまり無視はできない。
そこへ自称霊能者の友人である。
これはヤツがバス釣りを始めた頃の話。
当時自称霊能者の友人はボート持ってるバス釣り仲間の間を渡りしながら釣りしいた。
が、そこはそれ自称霊能者なので釣りをしてると必ず
「おまえの目の前に落ち武者の霊がいるぞ!ぎゃああああああ!!!」
と相も変わらずのようで当然皆から敬遠されていった。
そしてとうとう俺のところに自称霊能者の友人が回ってきた。
今までは「犬を一緒に連れてくから無理」と断っていたがついに知り合い全員に無視されるようになり頼れるのが俺だけになってしまったわけだ。
霊能犬ゴロと自称霊能者の友人の素敵なコラボ、どんだけボート上が煩くなるんだよ・・・考えただけでうんざりする。
忘年某月某日、午前3時頃にゴロと自称霊能者の友人乗せ車を出した。
やっぱりというかなんというか自称霊能者の友人は
「い、今、電柱のカゲに女がいたぞ!」「なんだかイヤな予感がする、この道は通らない方がいい」「ひぃ!今の見たか!?そっか見えないか、いいな見えないやつは」
ずっとこんな調子の道中だが、どうやら事故らずに目的地のダムについた。
ジョンボートを車から降ろしエレキ・船外機を取付け午前4時40分ころ出航。
友人が早速
「ぎゃああああああああああああ!!!!」
とやってるが無視。
幸いなことに俺らがこのダム一番乗りだったようで周囲の視線を集めるようなことはなかった。
それでも付近に民家でもあれば通報されていたかもしれない。
それからしばらくして今度はゴロが立木に向かって吼え始めた。
煩いので立木をスルーしようとすると
「おい、あの立木まわりは攻めないのか?」
と自称霊能者の友人。
「ああ、ゴロが煩いからな」
そう言ってからハタと気がついた。
ゴロには見えているものが自称霊能者の友人には見えていない?
そういえば今まで自称霊能者の友人が指摘したものについてゴロが反応したことは一度もなかった。
てことは・・・
やっぱりこいつは無霊能力者だったか。今までの騒ぎは全部嘘だったんだな。まあそんなこったろうと思ったけど。
溜息をつくも心優しい俺はそれを指摘せず知らないふりをしてやった。
ところがだ、もう少し先に進んだところで
「おい、この先に行くのは止めとけ」
今までにない真顔で自称霊能者の友人が言う。
また始まったとウンザリする俺。
「この先が一番のポイントなんだけどな、そういうのちょっと自重してくれよ」
そう言って無視して進むと今度はゴロが
ガルルルルルゥ・・・
進行方向に向かって唸りだした。
「・・・・・・・」
自称霊能者の友人は一点を凝視して固まってる。
また見えてるフリか? いや、それにしてはゴロのこの反応は・・・
というか、俺自身もなんか不安な気持ちになってるのはなんでだ。
「きたっ!ひぃ!」
自称霊能者の友人の悲鳴、と同時に
ガゥ!
今までに無いようなドスの効いた声でゴロが吼えた!
それで全てが終った。
吼えたあとゴロは一点を見ていたが、すぐ座り込んで後ろ足で頭を掻いた。
「この犬すごいな」
「なにがだ?」
「こいつが吼えた瞬間悪霊が消滅したぞ」
俺はゴロが他の犬に比べて霊能力が強いっぽい霊能犬であることを説明した上で聞いた。
「おまえ、見えてるフリしてただけじゃなかったの?本当に見える人なの?実際のとこどうなんよ?誰にもバラさないから言ってみ?」
結局自称霊能者の友人がこれまで散々言ってきたことのほとんどは虚言(本人は何かいる雰囲気は感じているいるとか)で実際には何も見えていないことがほとんどらしい。
ただ時としてとてつもない何かと遭遇したときはよく見えるのだとか。
全てのモノを見ることはできないが、常人も不安を感じるほどのとてつもない相手なら見えるらしい。
ようするにこいつは霊能力者には違いないが最低ランクの微霊能力者なのだ。
その中途半端な能力が災いして、子供の頃、たまたま見えた幽霊だか妖怪を大騒ぎしたところ一躍クラスの人気者となり以後虚言癖になったようだ。
「なあ、俺の前では見えたふりするのはやめてくれよな。けっこう迷惑だから。」
「すまん、今後はハッキリ見えた時だけにするよ。それより俺が本当に見えるってことを理解してくれただけでも嬉しいよ。」
「で、さっきのやつはどんな姿してたんだ?」
「黒煙みたいな長いやつだったよ、大きさは変幻自在な感じ。」
「本当に悪霊?」
「実際はわからないな、悪霊なのか妖怪なのか、それとも人間が発見してない未知の領域の生物なのか」
この手のものは霊の類いと決めつけ気味だが、なるほど、未知のUMAって可能性もあるんだな。
「あ、でも犬に吼えられたくらいで消滅するんだから案外大したことないんじゃね?」
「さあ?でも常人のおまえを不安にさせるほどの相手が大したことないとも思えないけどな」
それからは自称霊能者の友人はムヤミに叫ぶことは無くなった。
俺とゴロと自称霊能者の友人はこの日以降も一緒に釣りに行っていろんなモノと遭遇していくことになる。
ただ残念なことに遭遇はしても俺自身は全く見えないのだが。
おわり