もう7,8年くらい前なんです。
従兄妹の祖母が亡くなられたので、私はその家の手伝いに駆り出されました。
私とは関係の薄い、いわゆる姻族の方です。
従兄妹の祖母とは、おそらく会ったことはない。
もしかしたら2、3回話したことがあるかもしれない、というような認識の方だったのですが、従兄妹には世話になっていたので、手伝いもやぶさかではありませんでした。
その家の従兄妹はこの字を起こしているとおり、兄と妹で、どちらも私より年上でした。
私は葬式の日の朝、従兄妹の家に電話をかけました。
「あ、姉ちゃん? 今から家出るから、待っててね」
電話に出たのは、携帯電話の連絡先を交換している妹さんでした。
従兄妹の家には、母と一緒に車で向かう予定だったので、その中で連絡すればよかったと、ぼんやり考えたことを思い出します。
母は私を従兄妹の家の前に下ろすと、再び車を走らせました。
叔母と叔父は妹さんを一人おいて、買出しに出かけていたので、それに合流する予定だからです。
私は母が乗った車を見送ると、物干し竿の横を抜けて、玄関前に立ちました。
中からは電話の音が聞こえます。
葬式の日ですし、叔母も叔父も携帯電話が苦手だったので、この家では携帯よりも固定電話が鳴ることのほうが多いのです。
私は従兄妹の家のドアに両手をかけました。
立て付けの悪い、木で出来た引き戸なので、両手を使って持ち上げるようにしなければ、開かないのです。
はめ込まれたガラスが揺れて、扉を開ける際にも何とも言えない音を立てます。
私は力がなく、一度ここでナメクジに触れてしまったこともあったので、この扉が大嫌いで、心底苦手でした。
力んで、ようやく扉を開くと、従兄妹の妹さんの方が、眉をひそめて、こちらを見ていました。
もしかしたら電話の邪魔をしてしまったのかもしれません。
あるいは私が突然扉を開けたので、驚いているうちに電話に出損なったということも考えられます。
田舎の、昔ながらの長屋には呼び鈴もないので、勝手知ったる従兄妹の家に、親戚は何も言わずに扉を開くのが常です。
私もそれに倣っていたのですが、流石に反省しました。
しかし、彼女は別に私に起こったわけではないようでした。
見るからに力が抜けたように、「いらっしゃい」と行ってくれたので安心します。
「電話誰だったの?」
私はコンビニで買ったオニギリを、自分の分と彼女の分を出しながら訪ねました。電話をかけた時に、ついでに買ってくるように頼まれていたのです。
「……わかんない。今の電話、番号出てなかったから」
「非通知?」
今時、相手の電話番号が出るという機能は珍しくありません。
むしろ番号が出ない方が異様で、怪しいです。
とくに、その頃は電話での犯罪や詐欺も増えている頃でした。
「いや……。うち、非通知は来ないようにしてあるから」
「ふーん」
そんなこともできるのか。と感心しながらも、私は従兄妹の家の電話の方に視線をやりました。
それからふと思い出して、彼女にあることを勧めます。
「履歴見ればいいんじゃない?」
「だね」
彼女はすこし嫌そうでしたが、一応電話番として留守番していたので、電話に手を伸ばしました。
ボタンを押して、着信履歴を調べます。
「あれ?」
「どしたの?」
いとこは一度受話器を取り、それからもう一度ボタンを押しました。
「え?」
「姉ちゃん?」
それをもう一度、二度繰り返してから、少し離れて嫌そうに顎をしゃくりました。
私は促されるままに、電話の画面を覗き込みますが、そこに映っていたのは、私の家の電話番号でした。
時間は30分ほど前で、私が家を出る前にかけたものです。
「何? どしたの?」
「履歴押したら、それが出る」
私はおかしいと思い、上下キーを押しました。たしかに、履歴の一番最後は私の家の電話番号になっています。
「……気のせいだったんじゃない?」
「いや、今なってたし。あんたも聞いたでしょ」
そういえば電話は確かになっていたのです。
私が扉を開けようとして、音を立てた時に、途切れたように思います。
「え、今私が電話に出てたら、どうなってたの?」
私は何も言えず、結局お互いに無言で買ってきたおにぎりを食べました。
葬式の最中に電話が二度ほどなり、私と彼女はそのつど顔を見合わせました。手を合わせている時に不謹慎とは思ったのですが、昼間のことを思い出したからです。
電話にはおばが出ましたが、どちらもすぐに切れたようで、叔母は顔をしかめていました。
葬式を終えてからも、しばらくはそのことで起こっていたほどです。
私と妹さんは、もう一度、電話のボタンを押して確認したのですが、やはり、葬式の間の記録は残っていませんでした。