地元の駅に、蕎麦屋が一件あった、いわゆる駅そば。
チェーンではなく、駅の外のあるお蕎麦屋さんが契約してた店舗で、旨い安いでも種類が無い
おまけに昼はやって無いという、趣味でやってるサラリーマンサービスみたいな店だった。
乗り換え駅でもないけど快速が止まる駅ではあったので、急行普通乗り換えの時間帯や
朝と晩から終電近くまで結構にぎわってる店だった。
ある日、終電後に客が無くなって店を閉めようとしたときに、なじみ客のサラリーマンが食べに来た。
だけどこのサラリーマン、食べ終わって駅を出た先で暴走車にはねられて亡くなってしまった。
しかし、翌月の30日深夜に店を閉めようとすると、ちょうど日の変わるところでお客が入ってきた。
それが死んだはずのなじみのサラリーマンだったらしい。
ただ、最初は気付かずに注文通りそばを出して、サラリーマンが食べ終わって出ていき、どんぶりを
かたそうとしたら何故か手がつけられてない(食べてたのは見てたはずなのに)、お金も貰ってた
はずだけど計算したら最後のそば分足りない。
それで気付いたのだそう。
その後、毎月月末深夜から翌月1日になるときに、何故かお客が来なくなり、代わりにこのサラリーマンが
あらわれるようになったのだそうで、おばちゃんは何も言わずいつも接してたそうですが、あるときふと
「何だい、辛気臭い顔して。そば美味しくなかったかい?」と声をかけたのだそう。
そしたら「いえ、そばは美味しいです。 実は妹が明日結婚でして・・・」「何だい、めでたいじゃないか。」
「はい、めでたいのですが、私としては妹を取られたような気がしてちょっと・・・」「へぇ、複雑なんだねぇ」
という会話を交わし、その後も食べにくるたびにちょいちょいたわいもない話を興じるようになったらしい。
ただ、毎回、初めて会話するような感じで、前回話したことは覚えてないような状態だったそう。
(「妹さんが結婚するんだろう?しゃきっとしなさいよ」というと「えっ?何で知ってるんですか?」
みたいな感じだったとか)
そしてその話がどう流れたのか、サラリーマンが亡くなってそろそろ3年という頃に、その妹さんがやってきて
それは兄なので話を聞きたいとやってきた。
実は妹さん、お兄さんとは禁断の関係にあって、もしかしたら自分との関係を清算するために自殺したんじゃ
ないかとずっと悩んでたのだと。
話を聞いて、それが悪質な作り話じゃ無いと確信した妹さんは、ぜひ兄に会いたいということになり、
次に来るであろう時間にバイトとして厨房のほうに入ることになった。
(実際、半信半疑で、悪質な作り話だったら訴えようという心構えだったそう)
そして運命の日、お兄ちゃんが現れていつも通りそばを頼んで食べ始め、おばちゃんと会話を始めたその人が
兄だと確信した妹が話しかけると、お兄ちゃんはびっくりしながらも普通に話し始めたのだと。
その会話から「自殺なんてしない、おまえが幸せならそれを応援する。男としておまえをずっと愛してた、
これからは兄としてずっと愛するつもりだ」と兄妹わだかまりが解けて、するとお兄ちゃんはすっと消えてしまった。
きっとそれを妹に言いたかったのが心残りだった、でもそれを言おうか悩んでた、だからずっと繰り返してた
んだろうということになった。
ところが翌月、このお兄ちゃんはまたそばを食べに来た。
ただし、覚えてないのはいつもどおりなのに、辛気臭い雰囲気が全くなく、おばちゃんが「機嫌良いんだね」
というと、嬉しそうに「明日、妹が結婚するんです!」と話しかけるような状態で、「なんだい、そりゃ景気がいい、
んじゃあ今日はおばちゃんのおごりだ!」ということを続けることになったのだと。
妹さんに伝えると、「兄さん、私のこと悩んでたんじゃなくてそば食べたかっただけなの?」とちょっと
がっかりしてたとか。
しかし、ある日いつものようにお兄ちゃんが蕎麦屋に来ると、おばちゃんがびっくりして一言。
「あんれまあ、今日は1日じゃ無くて29日だよ?」
そう、その日はうるう年、2月29日。
そしたら兄ちゃん、びっくりしたように固まったと思ったら、「ああ、そうか、俺はもう…」と悟ってしまったのだと。
そのまま「ご迷惑をおかけしました、もう来ることはないと思います」と帰ろうとしたので、おばちゃんが
「だったら最後に腹いっぱい食ってき!全部おごりだよ!」と大盤振る舞いしたんだと。
そしたらお兄ちゃんも遠慮なく、全種類の具を堪能して、「じゃあ、行ってきます!」と元気に出て行ったそう。
当然お兄ちゃんの去った後は手がつけられてないそばの山だったそうですが、それからほんとに兄ちゃんは
来なくなったのだそうです。
その後、JRになると同時に店舗契約は打ち切られ、駅そばは無くなりました。
その代わりに、駅前の店を深夜まで駅そば価格の専用メニューで開けるようにしたのだそうです。