彼女は30代後半。色白で華奢でとても綺麗な人でした。
彼女は私と仕事をしている間に一回離婚して、そしてその数ヶ月後に違う男性と再婚をしました。
(なので一回名字が変わった)
私はすごく親しくしていた訳じゃないんですが、彼女が退職する時、昼休みにちょっと呼び止めて。
「そういえば、どうして突然退職することにしたの?再婚した旦那さんが転勤とか?」
「ううん、旦那は転勤はないの。自営業だから…」
「あ、もしかして赤ちゃん?おめでた!?」
そうだったら、すぐにお祝いを言おうと明るく言ったのですが。
すると彼女の顔が途端に曇りました。
彼女は前の旦那さんと結婚していた5年間、赤ちゃんが出来なかったようで、
もしかして離婚の原因も不妊が原因?と余計な勘ぐりをしていたので
「あ…言ったらまずかったのだろうか…」
と自分の浅はかな発言に後悔したのですが…。
「ううん…違うの。でもさ…よかったら聞いてくれる?」
返事をする前にやんわりと手をひかれて、人の全くこない階段の下まで連れていかれてしまいました。
「今から言うこと誰にも黙ってて。親にも友達にも相談出来なかったの」
以下、彼女が私の返事や相づちも聞かず、俯いたまま独白した話です。
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「前の旦那と結婚して…5年…。実は私2回妊娠したことがあったんだよ…。
でもね、2回とも産めなかったの。流産とかじゃなく、経済的な問題じゃなく“産めなかった“の。
妊娠している時に夢を見たの。もーすっごくリアルな夢。
それは誰かの視点なの。
私は夢の中で暗い道を歩いているの。
そうすると前方に女性が歩いているのが見えて、私はそれにむかって突進していくの。
ドン!と音がしそうなすごい衝撃が起きて、気づくと女性が倒れているの。
自分の手が震えているのがわかって、見ると、血まみれの包丁が…。
それから、場面が変わって私は誰かの寝室に入っていくの。
ベッドの上には誰かが寝ていて、私は布団の上からその人のお腹を撫でるの。
女性はお腹が大きくて…妊娠しているんだというのがわかった。
どこかで…どこかで見たことがある。
寝ている人を見たことがある…と思ったら、それは私。
私が寝ているの。
夢の中の私は私のお腹の中にぐっと手を入れて…」
「え…?」
そんなことを明るい昼間の、しかも会社の昼休みに突然言われて、
呆気にとられたのですが、彼女はかわまず続けました。
「そのままぐーっと中に入っていったの。中は暖かくて、暗くて、そしてすごく安心する気持ちがいい場所だった。
私はそのまま、夢の中で眠りに落ちたの。誰かに守られているんだ、という気持ちで安らぎながら…」
もうびっくりして言葉もありません。
彼女は私を見もせずに続けました。
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「そんな夢を最初の妊娠の時に何度も何度も見たのね。でも場面はいつもいつも違うの。
誰かを刺し殺す夢もあれば、開いている2階の窓から侵入して、寝ている女性の首をしめて殺したこともあったし、
小さな子を連れ回して、あげく川に突き落として殺したこともあった。
でも、必ず最後は寝ている自分の所へ帰るの。自分の中へ…お腹へ入っていくの。そこで終わるの。
だから…最初の子は…旦那に黙って…おろしたの」
「で、でも…初めての妊娠でブルーになってたり、ノイローゼ気味だったり…」
「そうかもしれない。実は妊娠中の人達が集まるフォーラムに顔を出したり、
ネットでそういう事例がないか検索したりもしたし、色々したんだけど、あんまりにも、あの夢の自分がリアルで…。
肉を切り裂く血の匂いとか…首をしめた時の手の感触とか…突き落とした子供の髪の毛とか…気持ち悪くて」
「もしかして、それ、2回目の妊娠の時も見たの?同じ夢」
「2回目は…もっともっとひどかった」
「まさか2回目も?」
彼女は黙ってうなずきました。
もーなんて言ってあげたらいいのかわかりませんでした、私独身で子供もいないし。
妊娠中ってそういうことあるんじゃないのかな?とか考えすぎだよ、とか。
そんな深刻になることないじゃない?とか。大丈夫だよ~と、明るく笑ってみたり。
でも、彼女は暗い顔のまま俯いているだけです。
「だから…別れたの。私と前の旦那の子…でなければ…もしかして、と思って…」
「…そ、そんな…」
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そこで昼休み終了のチャイム(うちはチャイムが鳴る会社なんです)が鳴ったので、
彼女は“つとめて明るく“風に(ぎこちないけど)笑顔をつくって
「もう大丈夫だと思うんだけどね、相手が違えばきっと、と思うんだけどね。ねぇ?」
そうそう、大丈夫だよ、とか。
気にすることないよ、とか。
そんなような言葉しか口に出来なかったような気がします。
次に妊娠する時はもうそんなことないと思うよ。とかなんとか。
そして彼女は退職していきました。
それが1月の下旬の話。
そして、昨日5月5日、GWの最終日前、彼女に偶然街でばったり逢ったんです。
久々に逢う彼女は、なんだかますます色が白く、華奢になった気がしました。
「久しぶり~!元気?もーうちなんてEさんがいないから忙しくてさぁ~!」
あの時の彼女の独白なぞすっかり忘れて、私は会社の近況を話そうとした時。
「Kさん…やっぱりダメかも…また見たよ。今度はもっともっとひどかった…。じゃあ、元気で。さようなら…」
汗ばむほど天気のいい日でしたが、冷水を頭から浴びせられたようにぞーっとしました。