翌日、こべら(方言で、ここら辺)の友達の家に遊びにいこうと思っていた。正月に帰ると、その友達のところに遊びにいくのが俺の中の通例行事みたいなものだった。この友達をA君とする。
A君の家は、我が実家から山沿いに歩いて2,3km程のアパートに住んでいた。10年ほど前にA君の一家が他県から引っ越してきて以来、家族ぐるみの付き合いをしていた。
A君は俺が買って貰えないようなゲームを大量に持っていて、A君の家で遊ぶのはかなり貴重な時間であった。
まだ薄暗い時間帯であったが、両脇に積まれた雪が道案内の代わりとなり、まっすぐ友人の家を目指していた。はずだった。
暫く歩くと、途中から突然砂利道に変わった。はてこの道は舗装されていなかったっけ?などと考えつつも、いつも通りの一本道なので、なんの躊躇もなく進んで行く。
しかし、徐々に傾斜の大きい坂道になってくる。
周囲には木々が生い茂っており、景色にも全く覚えがない。山道に入ってしまったのか、やっぱり違うかも、でも一本道だしな、
と自問自答しつつ、もう少し行って無かったら引き返そう、と何度も思っている間にかなりの距離を歩いてしまった。
直径約4、5m程はありそうだ。しめ縄のようなものが縛り付けられており、なんていうんだろう、すごい宗教的なヒラヒラの紙がぶら下がっていた。
こういうのに疎くてすまん、表現できない。
それを見たとき、子供ながらに少し違和感を感じた。
その岩の周りの空気が少し歪んで見えるような、密度の濃い砂糖水を撹拌したときのようなモヤモヤが漂っている気がした。
それを見たときにはもう友達の家に行くとか、遊ぶとか、そういうことをすべて忘れていた。
なにかに操られているというか、惹き入れられるというか、そんな感じで、岩に手をつき、岩をなぞり始めた。
岩の回りを何周かしてから、この濃密度のモヤモヤが岩からではなく、岩の下から溢れてきているような気がして、
ゆっくりを岩をなぞりながらしゃがむと、何を思ったか自分でもわからないが、素手で土を堀り始めていた。
なにか大切なものが埋まっているような、そんな気がして、掘る手が早くなる。
リン、、、リン
いつのまにか、辺りで鈴の音が鳴っていた。
リン、リン、リン、リン
鈴の音がだんだんと近くなってくる。
鈴の音にあわせて、なにか歌のような声も聞こえる。あんまりよく聞き取れないが、女の人のような声で
「×○▽?…アターヌサキー、ワーセテ、バタクサ、バタクサ」
みたいな感じだった。
それを聞いたとき、俺は背筋が凍るのと、悲しい気持ちになるのとよくわからない感情が芽生えて無性に泣きたくなったのを覚えている。
手のひらが埋まるぐらいまで掘ったところで、はっと我に帰った。
「バカもんがーーーー!!!」
という怒鳴り声、振り替えるとすごい剣幕でじっちゃんが走ってきた。
いつも杖をついているじっちゃんがこんなに早く走れるのかという驚きと、鬼のような剣幕に圧倒されていた俺だが、
その時、土に埋もれている手が、何か冷たい手のようなものに捕まれた感触がした。
驚いて手元をみると、両腕の間に、人の顔ぐらいある赤黒い耳が、地面に張り付いていた。
なぜそれを耳と思ったかわからない。こぶし大の真っ黒な穴、その周りに不均等に広がる赤黒いヒダヒダが俺の一挙手一投足を聴いているような気がしたからだと思う。
「ナケ、ナケ、、ナケ、ナケ」
地中から裏声のような、妙に甲高い声が聞こえた。
ここからの記憶がない。
目を覚ますと、木目の天井があった。その視界に、じっちゃんと両親が入ってきた。両親は安堵の表情で、「よかった、よかった」と呟いている。
一方、じっちゃんは鬼の剣幕のままだった。
じっちゃんは両親に席をはずすよう言い、渋々両親は部屋から出ていった。
俺は、正座させられ、じっちゃんと向かい合う形になった。
どうやら説教の時間だ。
と、思っていたら、じっちゃんは唐突に話し始めた。
「わしがお前さんぐらいの時にも、一度同じ経験をしたことがある。」
ここからはじっちゃんの経験談を語る。一旦休憩をいれたいと思う。