244 :もつお ◆2.80omBY0c :03/07/19 14:51
尻尾を切断された『それ』は、
「あるるるるるるるるるる」と叫び声をあげ、森のさらに奥の茂みの中へと消えていきました。
正夫は暫くの間、呆然と立ち尽くしていましたが、
タケルの苦しげな「ハッハッハッ」という息づかいを聞いて、我に返りました。
タケルの首筋には、人間の歯形そっくりの噛み後がついていました。
出血はしていましたが、傷はそれほど深くなく、正夫は消毒薬と布をタケルの首に当て、応急手当をしてやりました。
何とか自力で歩ける様子です。モタモタしていると、またあのバケモノが襲ってこないとも限りません。
正夫はタケルと共に急いで山道を下りました。
やがて、正夫の山小屋が見えてきました。
ここからだと、正夫の村まで30分とかかりません。安堵した正夫は、さらに足を早めて村へと急ぎました。
変だなと正夫が思ったのは、山小屋から下って15分ほど経った時です。
同じ道をグルグル回っている様な錯覚を感じたのです。
この山は、正夫が幼少の頃から遊び回っている山なので、道に迷うなどという事は、まずありえないのです。
言いしれぬ不安を感じた正夫は、さらに足を早めました。
さらに15分経った時。
「そんな馬鹿な」
目の前に、さっきの山小屋があったのです。
正夫は混乱しましたが、あまりの出来事に気が動転し、道を間違えたのだろうと思い、
もう1度、いつもの同じ道を下りました。
しかし、すぐさま正夫は絶望感に襲われました。
どうしても山小屋に戻ってきてしまうのです。
タケルも息が荒く、首に巻いた布からは血が滲んでいます。
正夫は気が進みませんでしたが、今日は山小屋に泊まる事に決めました。
246 :もつお ◆2.80omBY0c :03/07/19 15:10
正夫が山小屋の中へ入ったときは、既に午後8時を過ぎていました。
急に安堵感、疲労感、空腹感が正夫を襲い、正夫は床に大の字になって寝転がりました。
そして、先程遭遇したバケモノの事を考えていました。
やっぱり、あれは山の神さんだったんじゃろか。
そう思うと体の震えが止まらなくなり、正夫は気付けに山小屋に保存してある焼酎を飲み始めました。
保存食用のイノシシの燻製もありましたが、あまり喉を通りませんでした。
タケルに分けてやると、喜んで食いつきます。
今日は眠れねぇな。そう思った正夫は、猟銃を脇に置き、寝ずの番をする事を決心しました。
「ガリガリ、ガリガリ」
何かを引っ掻くような音で、正夫は目が覚めました。
疲労感や酒も入っていたので、いつの間にか寝てしまっていた様です。
時計を見ると、午前1時過ぎでした。
「ガリガリ、ガリガリ」
その音は、山小屋の屋根から聞こえてきます。
タケルも目が覚めた様で、低く唸り声をあげています。
正夫も無意識の内に猟銃を手にとっていました。
まさか、あいつが来たんじゃなかろうか・・・
そう思った正夫ですが、山小屋の外に出て確かめる勇気も無く、
猟銃を握りしめて、ただ山小屋の天井を見つめていました。
250 :もつお ◆2.80omBY0c :03/07/19 15:29
それから10分ほど、天井を爪で引っ掻くような音が聞こえていましたが、やがてそれも止みました。
正夫にとっては、永遠に続く悪夢の様な時間でした。
音が止んでも、正夫は天井をじっと睨んだままでしたが、
やがて「ボソボソ」と、人間の呟く声の様な音が聞こえてきたのです。
「・・・っぽ・・・・っ・・・ぽ」
正夫は恐怖に震えながらも耳を澄まして聞いていると、急にタケルが凄い勢いで吠え始めました。
そして、何かが山小屋の屋根の上を走る様な音が聞こえ、何か重い物が地面に落ちる音がしました。
タケルは今度は、山小屋の入り口に向かって吠え続けています。
「ガリガリ ガリガリ」
さっき屋根の上にいた何かが、山小屋の入り口の扉を引っ掻いている様です。
タケルは尻尾を丸め、後退しながらも果敢に吠え続けています。
「だっ、誰だ!!」
思わず正夫は叫びました。猟銃を扉に向かって構えます。
すると、引っ掻く様な音は止み、
今度はその扉のすぐ向こう側から、ハッキリの人間の子供の様な声が聞こえてきました。
「しっぽ、しっぽ」
あいつだ。正夫は恐怖に震えました。ガチガチ鳴る奥歯を噛み締め、
「何の用だ!!」と叫びました。
タケルはまだ吠え続けています。
「しっぽ、しっぽ、わたしのしっぽを、かえしておくれ」
『それ』はハッキリと、人間の言葉でそう言ったのです。
正夫は堪らずに、扉に向かって散弾銃を1発撃ちました。
引用元:http://d.hatena.ne.jp/kowabana/20121008/p1