220 :もつお ◆2.80omBY0c :03/07/19 13:21
これは、俺の祖父の父(俺にとっては曾じいちゃん?)が体験した話だそうです。
大正時代の話です。大分昔ですね。
曾じいちゃんを、仮に『正夫』としときますね。
正夫は狩りが趣味だったそうで、暇さえあれば良く山狩りに行き、イノシシや野兎、キジなどを獲っていたそうです。
猟銃の腕も大変な名人だったそうで、狩り仲間の間ではちょっとした有名人だったそうです。
『山』という所は、結構不思議な事が起こる場所でもありますよね。
俺のじいちゃんも、正夫から色んな不思議な話を聞いたそうです。
今日は、その中でも1番怖かった話をしたいと思います。
その日は、カラッと晴れた五月日和でした。
正夫は猟銃を担いで、1人でいつもの山を登っていました。愛犬のタケルも一緒です。(ちなみに秋田犬です)
山狩りの経験が長い正夫は、1人で狩りに行く事が多かった様です。
その山には正夫が自分で建てた山小屋があり、獲った獲物をそこで料理して、酒を飲むのが1番の楽しみでした。
その日は早朝から狩りを始めたのですが、獲物はまったく捕れませんでした。
既に夕方になっており、山中は薄暗くなってきています。
正夫は、「あと1時間くらい頑張ってみるか」と思い、狩りを続ける事にしました。
それから30分ほど経った時です。
正夫が今日の獲物をほぼ諦めかけていると、突然目の前に立派なイノシシが現れました。子連れです。
正夫は狙いを定め弾を撃とうとしましたが、
突然現れた人間にビックリしたイノシシは、急反転して山道を駆け上がって行きます。
正夫は1発撃ちましたが、外れた様です。
愛犬のタケルが真っ先にイノシシを追います。正夫もそれに続き、険しい山道を駆け登りました。
237 :もつお ◆2.80omBY0c :03/07/19 13:55
15分ほど追跡したでしょうか。とうとう正夫は、イノシシの親子を見失ってしまいました。
タケルともはぐれてしまって途方に暮れていた所、遠くでタケルの吠える声が聞こえます。
その吠え声を頼りに、正夫は山道を疾走しました。
さらに10分ほど走った所に、タケルはいました。深い茂みに向かって激しく吠えています。
そこは、左右に巨大な松の木がそびえており、まるで何かの入り口の様にも見えます。
正夫はそこを良く知っていました。
狩り仲間の、いえ、その周辺の土地に住む全ての人々の、暗黙のタブー、『絶対入ってはいけない場所』でした。
正夫は幼い頃から、何度も両親に聞かされていたそうです。
「あそこは山の神さんがおるでなぁ。迂闊に入ったら喰われてまうど」と。
しかし、何故かその禁断の場所からさらに奥へ進むと、獲物が面白い様に捕れるのだそうです。
ただ、掟を破り、そこに侵入した猟師などは、昔から行方不明者が後をたたないそうです。
しかし、タケルがその茂みに向かって果敢に吠えています。
あのイノシシ親子が近くにいることは間違いないのです。
正夫は誘惑に負け、禁断の地へと足を踏み入れてしまいました。
時刻は午後5時を過ぎており、まだ何とか周りは肉眼で見渡せますが、狩りをするにはもう危険な明るさです。
タケルも先程から吠えるのを止めています。
流石にもう諦めるかなと正夫が思っていた時、再びタケルが猛然と吠え出し、駆け出します。
正夫もそれを追い、50mほど走った所で、
タケルが唸り声を上げながら腰を落として、威嚇の体勢をとっていました。
とうとう見つけたかと正夫は思い、前方を見ると、そこは少し開けた広場のようになっていました。
そこに黒い影がうずくまって、何かを咀嚼する様な音が聞こえてきました。
凄まじいほどの獣臭が辺りに漂っています。
正夫は唾を飲み込み、地面に片膝をついて猟銃を構えました。
241 :もつお ◆2.80omBY0c :03/07/19 14:28
イノシシじゃないな。正夫はそう判断しました。
イノシシにしては体が細すぎるし、体毛もそんなには生えていません。狼か?一瞬そう思いました。
が、この山中に狼がいるなんて、聞いたことも見た事もありません。
良く見ると『それ』は、地面に横たわった先程のイノシシの子供を食べています。
獲物を横取りされた様に感じた正夫は、
『それ』に向かって猟銃の狙いを定め、撃とうとしましたが、引き金にかけた指が動かないのです。
それどころか、体が金縛りにあったかの様に動きません。奥歯だけは、恐怖のあまりにガチガチ鳴っています。
そして、正夫の気配に気がついたのか、『それ』は食事を止め、ゆっくりと正夫の方に顔を向けました。
どう見てもそれは、人間の顔だったそうです。しかも、2~3歳くらいの赤子の。
体長は1m50cm程で、豹の様な体、薄い体毛。
分かり易く言うならば、『豹の体に顔だけ人間の赤子』と言った風貌です。
「バケモンだ・・・」
正夫の恐怖は絶頂に達しました。
『それ』はイノシシの血でギトギトになった口を舌で舐め回しながら、正夫に近づいて来ます。
殺される。正夫がそう思った瞬間、タケルが『それ』に飛びかかりました。
タケルは『それ』の右前足に食らい付き、首を激しく振っています。
『それ』は人間の赤子そっくりの鳴き声をあげ、左足でタケルの鼻先を引っ掻いています。
暫く唖然としていた正夫ですが、我に返ると体が自由に動く事に気がつきました。
すぐさま1発撃ちます。不発でした。
「そんな馬鹿な」
正夫は猟銃の手入れを欠かさずやっており、今日も猟に出る前に最終確認をしたばかりです。
もう1度引き金を引きました。不発です。
正夫が手間取っている内に、『それ』はタケルの首筋に食らい付きました。タケルが悲壮な鳴き声を上げます。
正夫は無我夢中で腰に付けていた大型の山刀を振りかざし、
こちらに背を向けている『それ』の背中に斬りつけました。
「るーーーーーーあーーーーーー」
と、発情期の猫の様な鳴き声で『それ』は鳴きましたが、またタケルの首筋に喰らいついたままです。
正夫はもう一度山刀を振りかぶり、『それ』の尻尾を切断したのです。
引用元:http://d.hatena.ne.jp/kowabana/20121008/pt