彼がまだ若い頃、猟のため山に籠もっていた時のこと。
知り合いの話。
彼がまだ若い頃、猟のため山に籠もっていた時のこと。
夜、焚き火の側で猟銃の手入れをしていたという。
作業が終わり、小用を足そうと近くの繁みに足を向けた。
背後で物音がした。
振り向くと、手入れを終えたばかりの銃がない。
木立の奥に目をやると、細長い物を手にした人のような影が走り去っていく。
慌てて追い掛けたが、影はあっという間に暗い山の中に逃げ込んでしまった。
「一体アレは何だったんだ?」
全身が黒い毛で覆われていて、若干前屈み気味だったが、間違いなく二本の
脚で走っていた。
体付きからして人ではない。
腕が長く、それに比べて脚は大層短かった。
しかし、猿にしては大き過ぎる。
パッと見、寸足らずなゴリラを連想したそうだ。
胸騒ぎがした。
焚き火の周りには、まだ片付けていない剥き出しの糧食があった。
なのにそれには目もくれず、アレは銃だけを掴み山へと逃げたのだ。
とても眠り込む気にはなれなかった。
火を絶やさないように気を付け、翌朝早々に山を下りることにする。
護身用の山刀を握りしめ、夜が明けるのを待った。
(続き)
無事に朝を迎え、山を下っているその途中―。
どこかで乾いた破裂音がした。
間髪おかず、すぐ傍らの木の幹が爆ぜる。
「狙撃された!?」
理由はないが、昨晩盗られたあの銃で撃たれたと思った。
というか、それ以外考えられなかった。
頭を低くし、小走りでジグザグに木々の間を駆け下りる。
銃で狙ったことはあっても、狙われた経験などない。
獲物が狙いにくかった状況を頭の中に思い浮かべ、その時の獲物の真似を
して必死で逃げた。
また破裂音が聞こえると、離れた繁みが揺れた。
幸い、狙撃手は腕が宜しくないようだ。
必死で逃げながらも、しっかりと発射の回数を数えていく。
弾倉内に装填した数だけ音が聞こえた後は、思わず安堵で足がもつれた。
もうこれ以上の弾は無いはずだ。
緊張の糸が切れ、その場にへたり込む。
息を弾ませていると突然、嫌な可能性を思い付いてしまった。
「・・・まさか他に弾をくすねていて、リロードしたりしないよな・・・
そこまで知恵、持ってないよな・・・」
(続き)
慌てて再び走り出そうとした時、何かが勢いよく横手に落ちてきた。
銃身が途中でひん曲げられた、彼の猟銃だった。
狙撃してきたモノが何かはわからないが、どうやら、換えの弾までは入手
していなかったらしい。
それ以降、何かが彼を襲ってくることはなかった。
無事に下山できたものの、しばらくは山に入る気になれなかったそうだ。