小学校からの帰り道の途中で友達の家に寄ったからだと
思うのだけれど、何故かその日はいつも通る側の歩道ではなく
反対車線側の歩道を歩いていた。
反対側の家をまじまじ見るなんてそれまでなかったものだから、
家々を見ながら帰っていたのだと思う。
一軒、目をひく家があった。
今でも外観を覚えているのだけれど、何というか、
もの凄く可愛い家だった。
小さな女の子が一度は憧れるような家。
しみひとつない真っ白い壁に赤い屋根、
アーチ状の柱を持つ玄関のひさし、その真横に大きな窓があって
まるでシルバニアファミリーの家みたいな外観だった。
「凄く可愛いお家だなあ。こんな家あったんだ…最近建ったのかなあ」
と感動しながらその日はその侭通り過ぎた。
次の日、またあの可愛い家の前を通ろうと思って、
昨日通った側の道で下校していた。
果たしてその家はあった。
でも昨日と違うのは玄関の真横にある大きな窓が開いていて、
そこから人が上半身をのぞかせていた事だった。
その人は20代前半位の男性で、
綺麗な家には不釣り合いなほど薄汚いティーシャツを着ていた
のだけれど、
特筆すべきなのはその見事なアフロ・ヘアー。
『アフロ田中』っていう漫画があるけど、
まさにあの漫画の主人公みたいなアフロ・ヘア―。
今思い出しても、まさにあれこそアフロ・ヘア―っていう感じの
アフロ・ヘア―だった。
12年間生きてきて初めてアフロを見た私は度肝を抜かれ、
「アフロの人って本当にいるのか…!」
と(失礼な話だけれど)その男性をガン見しながら
その家の前を通り過ぎた。
でもその男性は私の存在に気が付いていないようで、
斜め上辺りの虚空を身動きもせずじっと見つめていた。
その何の感情も持っていないような男性の目が、少し怖かった。
その次の日、またその家の前を通ることのできる道で下校した。
アフロの男性は少し怖かったけれど、あの可愛らしい家が
どうしても見たかった。
さすがに二日続けてアフロさんはいないだろうと楽観的に
考えていたのだけれど、
その綺麗な家の一歩手前で気付いた。
窓から飛び出したアフロが見える事に。
アフロの男性は前の日と全く変わらない体勢で虚空を
見つめていた。
怖くなって私は一旦立ち止まった。だが、しばらく見ていても
男性は動く事もなく私を無視して虚空を見つめているだけだ。
何だかその男性を怖く思ってしまった事を申し訳なく思い、
私は再び歩き始めた。
その家の外観と男性のアフロを交互に見ながらその家の前を歩く。
相変わらず家は本当に可愛らしく、男性は身動きもせず
虚空をじっと見つめている。
その様子に、「やっぱりこのアフロの人は危ない人じゃない」と
安心した。
そしてその男性の前を通り過ぎようとした瞬間、
それまで虚空を見つめていた男性が突然私の方を見た。
男性の虚ろな目と私の目が合う。
凄く怖かった。でも何故か目をそらす事が出来なかった。
男性は私の目を暫くじっと見つめ、突然
「おかあさあああああん…おかあさああああああああああああああああん…」
と私に向かって大声で繰り返し言い始めた。
私は本当に怖くて怖くて堪らなくなって走って逃げた。
男性の声がどんどん小さくなって、聞こえなくなっても走り続けた。
それから一か月ほど、違う道を通って下校した。
前に使っていた道と比べるとかなりの遠回りになってしまうけれど、
またあの人がいたらと思うと怖くて通れるものじゃなかった。
しかし、その道を通らねばならない時は意外と早く来るもので、
何か用事があるので早く帰ってこいと親に言われてしまった。
あの道を通るのは本当に嫌だったけれど、
違う道を通るとおそらく間に合わない。
反対側の車線を通れば大丈夫だと自分に言い聞かせながら
下校する。
でもあの可愛らしい家ある場所に近付くほど憂鬱な気持ちになって、
またアフロの人がいたらどうしようと心配した。
だがそれは杞憂に終わった。アフロの男性はいなかった。
というか、そもそもあの可愛らしい家自体がなくなっていた。
あの家があった場所は月極駐車場になっていた。
因みに十年以上たった今もその場所は月極駐車場だ。
あのアフロの男性と可愛らしい家は何だったのか、未だに分からない。