もう二十年以上前の話。
僕には霊感が強くてその手のものが見えるというTという友人がいた。
もう二十年以上前の話。
僕には霊感が強くてその手のものが見えるというTという友人がいた。
基本的にはいい奴なのだが、見たくもないものが見えてしまうのはストレスにもなるらしく、
オカルト的なものに関してはかなり捻くれたところのある奴だった。
怪談話で盛り上がっている友人達を冷笑しながら
「すぐ側に何がいるのかも知らないで」と呟いたり。
でも、個人的に彼に助けてもらったと思う体験もしているので、僕との仲は悪くなかった。
これは高二の秋の頃、Tがしてくれた話。
「Mが踏切で幽霊に会った話、知ってるか?K駅の手前の踏切あるだろ。そこに小学生くらいの男の子の霊が出るらしいんだ」
Mは友人の一人で生徒会の書記をしてた。
ある日生徒会帰りで遅くなり、自宅近くの踏切で幽霊を見たのだという。
その踏切は昔から事故がよくあったようで「事故多発地帯」の看板も設置されていたが近くには商店街もあり、
日暮れでも人通りもあって暗いという感じではなかったそうだ。
だから踏切の中に立っている男の子を見ても、最初は「危ないな」と思うくらいで特に変な感じはしなかったのだという。
「Mは気のいい奴だからな、もう暗いし踏切で遊ぶと危ないから注意してやろうと思いながら近づいてったらしいんだ。
そしたら、お兄ちゃん、遊ぼって声を掛けられた気がして、何言ってんだ、
そんなところにいたら危ないぞって声を掛けようとしたら警報機が鳴り出して遮断機が下りてきた。
でも男の子は踏切の中に立ったまま。
そこで初めておかしいと気づいたんだな。
この子は生きている人間じゃないと。
ところが、自分では止まろうとしてるのに足が勝手に動いて踏切に近づいていく。
まるで引き寄せられるようにね。
遮断機のバーに体が当たっても更に前に出ようとする。
焦って本当にヤバいと思ったようだよ。
通りすがりのサラリーマンが肩を叩いて声を掛けてくれて、そうしたら急に力が抜けてその場に座り込んで、
おかげで助かったと言ってた。
座り込んだまま列車が通過するのを見てたらその瞬間男の子の姿は消えてしまったそうだ」
その日は危うく命拾いしたものの、踏切は登下校の度に通らざるを得ない。
もうこんな怖い目には遭いたくないというので、Mが霊感の強いTに相談しに来たというのだ。
「で、昨日行ってみたんだよ、その踏切に。
そしたら確かにいるんだな、小学生低学年くらいの男の子が。
なぜこんなところにいるのか、聞いてみたが答えない。
死んだ人間はこんな所にいちゃいけない、って言うと、死んでなんかいない、と答える。
子供の霊だと自分が死んでることがよく分からないでいることがあるからな、じゃあはっきりさせよう。
お前の家にこれから行って確かめてみようと言った。
多分一人ではこの場所から動けないだろうけど、俺と一緒なら動ける。
お前の家まで道案内しろ。
で、一緒に歩き出したんだ。
この子は勿論この踏切で死んだんだろうけど、このくらいの年齢の子なら自宅もそれほど離れてないだろうと見当をつけたんでね。
実際、十五分ほど歩いて静かな住宅街の一戸建ての家に案内された。
変な奴だと思われるだろうが後には引けない、チャイムを押して中から人が出てくるのを待った」
しばらくして母親らしき人が出てきて、勿論不審な表情をされたが、Tは自分の名前と高校名を言い、
駅前の踏切でこれくらいの背格好の男の子を見た、その子はこの家の子だと言っている、
ついては迷って成仏できずにいるこの子のためにお仏壇を拝ませてもらえないかという話をした。
母親は淡 々と話を聞いていたが、結局中に入ることを許してくれた。
「母親は半信半疑だったと思うよ。
子供の方は母親を見た瞬間から胸がいっぱいで何も言えないといった様子だった。
仏壇に手を合わせて、これで自分が死んだって分かったかと聞くと、分かったと言う。
せっかくお母さんに会えたんだ、何か言うことは無いのかって聞いたら、しばらく黙っていたが、こう伝えて欲しいと言う。
そこへ母親がお茶を持ってきてくれて、あの子は今そこにいるんですか、と聞かれた。
いえ、今ちょうど仏壇の中に消えていきました。
最後にこう言ってました、おかあさん、うそついてごめんなさい。
そしたらそれまでずっと無表情だった母親が声もなく泣き出してね」
男の子が踏切事故に遭った日、母親は学校のテストのことか何かでうそをついた男の子を叱ったのだという。
あんなに叱らなければ、家を飛び出して事故になど遭わなかった、それどころかあれは自殺だったのではないか、母親は自分を責め続けていたのだろう。
その子供が帰ってきてくれて、恨み言一つ言わず「うそついてごめんなさい」と素直に謝って、母親の心を少しだけ軽くしてくれた。
「まぁ、あの踏切に男の子の幽霊はもう現れないと思うよ。そう話したらMも安心してた」
話を聞いてた僕は、少々引っかかるところがあって口を挟んだ。
「男の子が成仏できてお母さんも嬉し泣きで、いい話だけど、Mはその男の子に殺されかけたんだよね。
あそこは事故が多いから、ひょっとしたらその子のせいで怪我したり、死んだりしてる人がいるかも知れないんだよね。そ
う考えると素直にいい話だと思えないんだけど」
「ああ、そのことね。
Mを踏切に引きずり込もうとしたのはあの子じゃないと思うよ。
あの踏切は何十年も前から事故が多発してて、ヤバい感じのが他にも複数いるんだ。
あの子は単に遊び相手が欲しかっただけで、それをそのヤバい奴らが利用しただけだと思う。
だから、あの踏切が依然として危険なことには変わりがないんだ。
お前も通るときは気をつけた方がいいぜ」
そのことはMには伝えていないんだろう。
Tはこんな風に捻くれた奴なのだ。
了