それは人それぞれだろうけど俺の場合は「人形」なんだ
高校の頃、少し荒れてた学生生活を送っていた俺はいつものように
カバンに鉄板を詰めて昼休み登校しようとしていた
家は裕福な家庭で、世間体もよく、そこが俺が荒れる原因でもあったのだが
コレは関係ないので省きます
実はそのとき、妙に生暖かい空気を感じていたんだが、
気にもせず玄関へ向って階段を下りたんだ
蝉が鳴いているはずの外、外の工事などの雑音、近所の暇なおばさん達
いつも聞こえるはずの雑音が一切聞こえない
音という感覚が一切遮断されたかのような静かで大きな玄関
そこで俺はその「人形」と目が合った
大きな玄関の真ん中に、小ぶりで着物を着た表情のない日本人形
あるはずのない「ソレ」は静かに、ただ静かに俺を見ている
なぜかわからないが「ソレ」を俺の全神経が拒絶した
脳で考えるよりはやく体が動いたんだ
1階にある部屋の一室に飛び込み、窓ガラスを叩き割り
裸足で全力で走った、いや逃げた
とにかく逃げた、不良で喧嘩に明け暮れていた男が涙を流しながらただ逃げた
その日、俺は恐怖で家には帰れなかった
悪友の家に転がり込み、そんな事を相談すればハブられると思い
打ち明けられずにいた俺に悪友はぼそりと耳元で呟いた
「おまえ、人形なんか抱えてなにしてんだよ」
全身から汗が吹き出る、奥歯がカチカチ鳴る音が聞こえる
今まで気がつかなかったが確かに俺はなにかを抱えてる
待てよ、俺は鉄板入りのカバンを家から持ってきたはずだ
なら俺が抱えてるのはカバンだろ?
目が「ソレ」を見るのを拒む
緊張感で目が震える
見たいけど「ソレ」を見たら戻れなくなりそうで怖い
涙は恐怖で出てこない
そんな長い長い一瞬の出来事の間に目の前に全身鏡があったのを思い出した
見る気が無いのに見えてしまった
俺が抱えているのは間違いなく、「人形」だった
それも今朝、俺が見た「人形」
瞬間、悲鳴なのか雄たけびなのかよくわからない声を揚げる
無我夢中で「ソレ」を放り出し、また逃げる
友人がなにか言っていたようだが俺の耳にはもう届かない
頭の中はパニックと、「アレ」といままで一緒に居た事実の恐怖とでなにがなんだかわからない
家に帰り、祖母に泣きつく
文字通り泣きついた
顔中涙まみれにして、奇声を上げ、突っ張っていた男が泣きつく
祖母は目を丸くしていたが、俺はもうどう思われようがよかった
ただ泣いた
気分が落ち着いた頃、祖母に今日あった事を全て話した
「~ちゃん、もう大丈夫だよ」
その三日後、祖母が亡くなった
あの件以降、あの「人形」はもう見ていない
悪友はなぜかあの人形の話しをすると機嫌が悪くなる
あの後、俺が放り出した人形がどうなったかを聞くと
ただ「うるせぇ」としか言わない
祖母は風邪をこじらせて亡くなったと聞いたが
あの人形が関係しているのかはわからない
ただ、「もう大丈夫だよ」の一言に複雑な感情が込められていたようにも思える
俺はあれ以来「人形」は見ていない
人形「は」