仕事柄夜中まで残ることが多く,その日も夜遅くまで学生の研究に付き合っていたらしい
片付けが終わって帰ろうとしたころには,もう夜中の1時頃だったそうだ
遅い時間だったので,学生を先に帰らせて,研究の施錠は教授がすることにしたんだと
研究室も施錠し,自室の鍵を閉めていると,後ろから
「教授・・・」と呼ばれたらしい
先に帰らせた学生が戻ってきたのだと思い,
「どうした,忘れ物か?」と声の方へ振り返ると,誰も居なかった
不思議に思っていると,教授の携帯電話が鳴った
電話は公衆電話からだった
『虫の知らせか』
と思いつつ,さっきまで一緒にいた学生からだ,と思い電話に出た
「もしもし,◯◯か?」
「あれ,教授,どうして分かったんですか?」
何か違和感を感じたが,教授はあまり気にせず続けた
「いや,なんとなくそんな気がしただけだ」
「さすがですね!」
「で,どうしたんだ?」
「私,携帯をおいて行っちゃったかもしれないんです,
確認だけしてもらってもいいですか?そこにあるならそれでいいんですけど・・・」
教授をこき使うなんてとんでもないヤツだ,と思いつつも携帯電話を探してやることにした
「で,どのあたりなんだ?」
「多分研究室だと思います!すみません,鍵を開けてもらえますか?」
「ああ,鍵はまだ持っているから問題無い」
「よかったです」
教授は研究室のドアの前に立ち,ポケットに入れた鍵を手探りで探した
「で,どのあたりなんだ?」
「机の引き出しだと思います」
教授は鍵を見つけ,鍵穴に差し込んだ。途端,背筋に寒気が走り,嫌な予感がした
「教授,はやく開けてくださいよ」
「・・・ああ」
教授は少し考えた後,鍵は開けずにそのまま抜き,ドアを揺らして音を立ててみた
電話の相手に聞こえるくらい大きな音が鳴ったはずだ
「今研究室に入ったよ,どの机の引き出しだ?」
「・・・まだ開いてませんよ」
「いいや,開けて入ったよ,今君の実験デスクの前だ」
「早く開けてくださいよ」
「右の引き出しを開けたよ,君の携帯電話を見つけた」
「だから早く開けてくださいよ」
「君は生協の公衆電話の所かい?」
「開けろって言ってんだろ」
「君は誰だ?」
「・・・・・・」
「今どこに居るんだい?」
「・・・・・・あんたの目の前だよ!」
電話口から,学生の声とは明らかに違う,低い声が響いた
そして途端,研究室のドアが激しく揺れた
目の前でドアはドンドンと大きな音が鳴り響き,廊下中に音が響いている
「出せ,出せ,出せ,出せ,出せ,出せ出せ出せ出せ出せ・・・」
携帯電話から聞こえる声は,呪いのように同じ言葉を繰り返した
マズイと思った教授は電話を切り,研究室を後にし,一目散に家まで帰った
電話での違和感は,教授の呼び方だったらしい。
その学生はいつも教授のことを『先生』と呼んでいた
後日,昨夜遅くまで一緒に残っていた生徒に聞いてみたところ,
「そんな電話してませんよ,第一,先生にそんな失礼なこと頼みません」とのこと