私の勤めていた小学校は、ベッドタウンの建設に合わせて併設された当時は真新しい私立の学校だった。
2階建ての校舎、校庭を挟んで階段を降りると、グラウンドが広がっている造りで、比較的広い敷地を持っていた。
小学生は遊び盛りのわんぱく小僧ばかりで、特に要領の得ない1学年の怪我が絶えないのはどこの小学校教員も頭を悩ませていることだと思う。
こんな私も例外ではなく、何度子供の怪我で保護者様に謝ったか知れない。
しかし、それにしても怪我が不可解なほど連発した事があった。
「せんせー、ひろしくんの腕が曲がったー」
泣きながら女の子が職員室に来た。
駆けつけたらひろしくんの右腕が反対方向に曲がっていた。どうやら滑り台から落ちたようだ。
泣きじゃくるひろしくん。
「ひろしくん、落とされた。ドーン!」
女の子は半ば興奮ぎみに状況を話した。
すぐに職員会議で議題にあげた。何か知っている人はいないかと、全校生徒から犯人探しをしたが、結局わからずじまい。
そうこうしているうちに、また怪我人が出た。
扉に4本の指を挟まれ、複雑骨折していた。
その時は目撃していた生徒がいた。
「キョウコちゃんがやったの。痛い痛いって、たかおくんが言ってるのに、グリグリ引っ張ってた。」
全校生徒からキョウコちゃんを探したが、キョウコちゃんは一人もいなかった。
改めて、なんでキョウコちゃんだと思ったのか聞くと
「体操服にキョウコって書いてた。」
体操服には普通苗字の方を書く。念のため苗字でキョウコを探してみたがやはり居なかった。
数日後、
「キョウコちゃんがまたやったの。」
今度はしおりちゃんがジャングルジムからまっ逆さまに落ちて、額がパックリ割れる大怪我をした。血まみれだった。
今度は複数の生徒が見ていた。
「キョウコちゃんが押したの。」
「キョウコちゃんが突き落とした。」
「キョウコちゃんがドンって!」
改めて探してみるがやはりこの学校にキョウコちゃんはいない。
何年生?って聞いても知らないの一点張りで、保護者への説明も大変だった。保護者には、うちのクラスばかり立て続けに怪我人が出たもんだから、私が虐待してるんじゃないかとか色々言われて、本当に泣きそうだった。
学校に来なくなる子もいた。
クラス替えというか、生徒のシャッフルをしようと提案もしたが、教職員会議で却下された。どの教員も、問題をクラスに持ちたくないだろう。当然のことだ。
そのかわり、教員の当番制で休み時間に校舎、校庭に立って監視するようになった。
勿論、小学校の外回りは警備を雇って部外者の立ち入りを出来なくした。
正直、みんながみんな、いるはずのないキョウコちゃんがやったって言うもんだから、もしかして私、クラスの生徒全員から騙されているのかも?とかも思ったりしていた。
でも、クラスの生徒はみんな怯えていて、こんな無垢な子供がみんなして騙そうとするなんて、そんなわけないじゃないの。
絶対に犯人を見つけてやる。
数日して、
トイレでキョウコちゃんに首を絞められた生徒が出た。さとみちゃんの首には赤黒い内出血の手形が残っていた。
もう私も生徒も限界だった。
ここまで来ると、教員までオカルトチックなことを言い出す始末だった。過去に学校で死んだ子がいるんじゃないか?私も調べたが、出来立てほやほやのこの学校で死んでる児童など一人もいなかった。
しかし、ある日からこの事件はぴったりと無くなった。
その日、休み時間のこと。あまりにも騒がしいと他の担任に指導を受け、注意しようとクラスに入ると?
クラスのまさしくんが拳を高く挙げ、
「キョウコちゃんぶっ殺した!!!」
とみんなに自慢していたのである。
拍手喝采だった。皆がまさしくんの周囲に集まり、まるで敵を倒した英雄を称賛するように。
「ベランダから突き落としてやったぜ!!ぐちゃってなって死んだ!」
慌ててベランダに出て、下をみたが、何もない。誰もいない。
「キョウコ、死んだ!キョウコ、死んだ!」
小学生が、殺した!殺した!と跳び跳ね狂喜している。はたからみれば地獄さながらの光景だったと思う。
その時、私は教師としてやっちゃいけないことをした。
心のなかでほっとして、喜んでしまったのである。多分顔にも出ていたと思う。
「先生!やったよ!やったよ!」
まさしくんが笑って駆け寄ってくる。その時私はどんな顔をしていたのだろう。
何を思ったか、笑っているまさしくんを拳骨した。
「何かを殺したとか、そんなことで喜ぶんじゃありません!」
教師として当然の事をしたとおもう。
クラスがシーンとなった。
みんなの目が私を睨んでいた。何で?何で?
まさしくんは、別の先生に私が生徒を虐待していると告げ口した。
生徒はみんな、今までの事は全て私がやったように言った。まるで私が怪我させたみたいに。
キョウコちゃんの話は嘘、先生に脅された。先生がみんなを…
私はクビになった。
その日からその学校ではほんとに怪我が無くなったのである。
私がクビになったから、無くなった。表向きにはそうですよね。
教員としてはもう、どこの学校も私を取ってくれなかった。
キョウコちゃんは、きっと死んだんだと思う。
これで終わりです。