都合のいいことに会社から近い場所にホテルは建っている。
社員もたまに利用しているらしく、会社で話に挙がる程度のホテルで無名な場所に
泊まるよりは良い。
チェックイン。
私は渡された鍵で部屋へ入った。
疲労が濃かったのか室内のオレンジ色の灯りのせいか、眠気が急激に足元から這い上がる。
せめて上着を脱がなければ…。
しかし私の理性は虚しく拒絶され本能のままベッドへ向かう。
倒れ込むようにシーツに潜り目を閉じた。
どれほど経っただろう。
ドンドンドン。
部屋のドアが叩かれる音で目覚めた。
ドンドン。ドン。ドン。
それはホテルの従業員のような落ち着きある機械的なノックではなかった。
ノックとすら呼べないのかもしれない。
どこか必死で切羽詰まった響き。
廊下で何か騒ぎがあり誰かが助けを求めているのだろうか。
ドンドン。
とにかく起きてドアを開けてあげなければ。
だが、意思に反して体はベッドに沈んだまま起き上がれない。
ドンドンドンドンドン。ドンドン。
その音は意識を手放すまでドアの方から続いていた。
(続)
少々寝過ごしてしまった私は急いで会社へ向かった。
前述したようホテルは会社と近い。
自宅を出る時間と同じ感覚でいたため、僅かに早く着いてしまったようだ。
安堵すると昨夜の出来事がドアを開けてやれなかった罪悪感と共に脳裏に甦る。
昨夜、何があったのだろう。
ホテルで騒ぎがあったのなら社員は知っているだろうか。
気になった私は昨夜の出来事を出社してきていた友人に全て話した。
「……お前、あのホテルに泊まったの初めてか?」
すると意外な返答をされ窮しながらも怪訝に会話を続ける。
「そうだが。社員が話しているのは聞いていたが実際泊まったのは初めてだ」
「社員がホテルの話をするのは出るからだぞ」
「出る?」
どうやらあのホテルは何年も前に火事が起こり少ないとはいえ死傷者を出したことがあるらしい。
それ以来、必死に助けを求めるこの世の者ではない何者かのドアを叩く音がするようになったとか。
私が泊まった部屋は曰く憑きの場所だったのか…?
信じ難いがあの生々しいドアが響く音を思えば背筋が寒い。
「何にせよ、ドアに近寄らなくて良かったな」
「…あぁ。ドアを開けていたらそれが部屋に入ってきていたかもしれないしな」
不幸中の幸いか、と頷くと友人は此方を向いてこう言った。
「何言ってるんだよ。
そいつ火事のとき逃げたくて廊下に出たかったんだろ?
お前の部屋に居たんだよ」
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