玄関を開けると、テレビが点けっぱなしになっているのが音と光で分かった。
しまったな、と思いながら電気を点け、テレビを消す。
部屋が無音になった途端、背後に嫌な気配がし始めた。
産毛をかすかに触れていくような意地の悪い感触だった。
玄関を開けると、テレビが点けっぱなしになっているのが音と光で分かった。
しまったな、と思いながら電気を点け、テレビを消す。
部屋が無音になった途端、背後に嫌な気配がし始めた。産毛をかすかに触れていくような意地の悪い感触だった。
ゆっくり振り返ると、部屋の隅に、壁に向かって立っている男がいた。
何をするでもなく、ただ壁に向かって立ち尽くしている。
後ろ髪は肩よりも長く垂れ、身につけているのは小汚いタンクトップとトランクスだけだった。
部屋から出なければ。
しかし、部屋を出るには、男の横を通りすぎなければならない。
近づくとこちらに何かしてくるのではないかと思うと、足がすくんで動けなくなった。
手探りでカバンから携帯を取り出し、警察に通報しようとした。しかし、そこで私は固まった。
男が少し向きを変えていた。
音も出してはいけないのだ。
私は何人かの友人にメールを送り、助けを求めた。しかし、返事はどれだけ待っても来なかった。
しばらく無音の硬直に耐えていると、突然、
「だるまさんがころんだ」
男の方からかすれた声で聞こえた。
そのとき、隣の部屋の住人が帰ってくる足音が聞こえた。
いっそ大声で助けを呼ぼう。
そう思った瞬間、男の向きがまた少し変わった。住人の足音に合わせて、ズズズ、ズズズと回転する。
男の正面がいよいよ私に向いた。
男の顔は垂れた前髪でほとんど隠れ、鼻先と口が露出している。
ニタニタと笑いながら、男はさらに向きを変える。
やがて男は動きを止めた。
壁に向いていた。
隣の部屋の方向だ。
瞬間、男が「田宮さん! 動いた!」と叫び、壁に溶け込むように走っていった。
それきり、男は消えた。
なんとなく、予想ができた。
隣の部屋の住人が死んだらしい。
死亡推定時刻が昨晩の九時ごろで、何か知らないかと警察に尋ねられた。
さすがに男の話は信じてもらえない。私は特に何も、と答えておいた。
警察は同様にアパート住人に聞き込みをすると引き上げていった。
あの男は、私が墓参りから何か連れて来てしまったものなのだろうか。
それとも、虫の知らせのようなものなのだろうか。
警察が来て物事を淡々と処理している事実に触れ、何だか昨夜のことが不思議な出来事程度に思えてきた。
しかし、何も終わっていなかった。
その日の夜、また男が出た。
私が風呂から出ると、男は既にいた。昨日と同じ部屋の隅に、同じ向きで立っていた。
相変わらず、後ろ姿には不潔な雰囲気が漂う。
音を立てないように慎重に服を着て、一人掛けの椅子に腰掛けた。
男をしばらく観察した。だが、やはり昨日と何ら変わらない。
恐怖心がすっかり麻痺してしまった私は、試しに物音を立ててみることにした。
椅子の足を、かかとで軽く叩く。すると、男はズズズと回転する。
動きはすぐに止まり、再び静寂になる。
なるほどこれならば、注意を払えば恐れることはなさそうだ。
要は大きな音を出さなければいいのだ。
「だるまさんがころんだ」
アパートはすっかり、静かになった。
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