先日、Aと飲みました。
少し特殊な業界にいるAの話はいつ聞いても面白く、「名前は明かせないが…」と、一応は守秘義務を守りつつ、あれこれと裏話を聞かせてくれます。私はそれが楽しみで、数ヶ月に一度はAと酒を酌み交わしているのです。
これは、その時に聞いた話です。
昔からその地域では勢いのあったB家ですが、ここ最近は不運続き。当主がベタ惚れだった後妻は若いホストと駆け落ちし、二人いた子供はいずれも家出して音信不通。家業であった販売業も大手スーパーの攻勢で倒産してしまいました。当主本人も持病が悪化して日常生活すらままならなくなるという有りさま。
八方塞がりの当主は、仕方なく土地・財産を処分して、近々老人ホームに入所することになったそうです。B家に所蔵されていた古文書が史料館におさめられることになったのは、それが原因でした。
「それは気の毒だなぁ…」
と言う私にAは首を振り、
「さてね。ろくでもない野郎だったからな。喜んでいる人の方が多いんじゃないかな」
と言います。
古くからこの地域では顔役として幅を効かせてきたB家、その歴代の当主の中でも、今の当主は特に押しの強い性格であったそうです。地元の政財界に対して強い発言力を持っていて、逆らう者には容赦しません。夜逃げするまで追いつめるという徹底ぶりだったそうです。それだけでも充分に悪質ですが、財力にまかせて骨董品を買いあさり、それを来る人来る人に見せびらかす。もちろんB家の由緒も延々自慢し続ける。直接的な被害を受けていないにせよ、その下品極まりない顕示欲に眉をひそめる人は多かったとのこと。そんな当主が落ちぶれたのですから、溜飲の下がった人も多かったのでしょうね。もしかすると、Aもどこかで嫌な目に遭わされたのかもしれません。
Aはちびりちびりと酒を飲みながら言いました。
「罰?まぁ、そうなのかも知れないな」
私がそう応じると、Aは大きく頷いて、
「間違いなく罰が当たったんだよ。天罰だな、天罰」
と言いました。しかし、すぐに「待てよ…?」と思案顔になり、
「天罰というよりも神罰か?いや、そもそも罰じゃないのかも知れないな」
とつぶやいています。Aはもう酔ったのでしょうか。いまいち要領を得ません。
怪訝な顔をする私に気付いたAは、メモ帳に何かを書いて、私に見せてきました。
『栄不衰』
「何だこれ?エイフスイ…じゃないな。栄えて衰えず?」
「あいつの屋敷へ古文書を引き取りに行った時、見つけたんだ。玄関にご大層な扁額がかけられていてさ、これはその扁額に彫ってあった文言だよ」
「へぇ…。扁額とはまた」
「まぁ、あいつの願いをそのまま文字にしたってところだろうな」
「なるほど」
「で、だ。その扁額、何で作ってあると思う?」
「扁額だから…、そりゃ、木か紙だろ?」
「うん、まぁ、その通りなんだが。…あいつの扁額は、御神木で作ったんだよ」
「神社の境内に祀られている御神木が切られる事件、聞いたことないか?」
「ああ、いつだったかネットで見たよ。多発しているらしいね」
「あの野郎、大金積んで、ブローカーにどこかの御神木を持ってこさせたんだよ。公然の秘密さ」
「へぇ…」
「で、あれで芸術家ぶるところもあって、自分でこの3文字を彫って、来る人来る人に自慢していたわけだな」
「悪趣味だなぁ…」
「現物を見た限りでは、御神木が可哀想になる様なひどい出来だったけどな」
「はは、御神木に不届きな振る舞いをしたから、神罰が下ったってわけか」
「ところが、だ」
Aはにやりと笑います。
「お前、さっきこれをどう読んだ?」
「え?いや、だから…、栄えて衰えず、だろ?」
「ああ、あいつもそのつもりで彫ったんだろうけどな」
Aはメモ帳の3文字の下に、右から左に矢印を引きました。
「扁額の字なんてものは、普通、右から左に読むんだよ。昔の日本じゃ当たり前だったけどな。芸術家ぶって、学のあるところを見せようとして、野郎、こんな初歩的な間違いをやらかしてしまったのさ」
右から左に読む…。
とすると、『栄不衰』は…。
衰えて栄えず!?
「な?ご当主様の願いを神様はちゃんと聞いて下さったわけだ」
Aは面白そうに笑いました。
合理的に考えれば、長年にわたる当主のやりたい放題が、B家の没落を招いたのでしょう。
しかし、御神木で作られた扁額が、B家の没落に無関係であったとも思えないのです。
神罰が下ったのか。それとも神様が当主の「願い」を聞き届けたのか。
どうなんでしょうね?