夜11時近かったろうか。
甲府を抜け、雁坂道を走っていた。助手席には同行した友達が寝ているのか、
無言でシートにうずまっていた。
引用元: ・死ぬ程洒落にならない怖い話をあつめてみない?160
長野は茅野の友人を訪ねた帰り道。
夜11時近かったろうか。
甲府を抜け、雁坂道を走っていた。助手席には同行した友達が寝ているのか、
無言でシートにうずまっていた。
長い県境のトンネルを抜けて少し経ったころ。
山道の崖側のほうに人間らしき姿がヘッドライトに浮かんだ。
ちょっとびっくりしたものの、そのまま通り過ぎる。
「今の見た?」
友達は起きていたようで、いきなりそう切り出した。
「見たよ。人みたいだったよな」
「あれ、生きている人間じゃない気がする」
いきなり何を言い出すのか、こいつは。
「なんだよ…変なこというな」
鼻で笑ってみたものの、正直、夜の山道でそんなこと言われたら気持ちの
いいもんじゃない。
少し走ったとき、助手席から
「おい、見てみ、あれ」と声がした。
また、崖側に人間らしき影があった。ヘッドライトがあたると、それは確か
にさきほど見た「人間らしきもの」と同じようである。
「おい、スピード落とすな」
慌てて、離しかけた右足をアクセルに置く。
「目を合わせるなよ。見えないふりをしろ」
「あれ…マジで…か?」
「たぶんな。また来るぞ」
もう、疑いようがない。ヘッドライトの明かりで見る限りでも今までのものと、
同一人物であった。
「…三つ子が夜道のドライバーを脅かそうとしてるのかもな」
言ってはみたものの、自分でもそんなわけが無いと思う。
そしてまた現れた。
「四つ子じゃ、ないよな…」
「おまえ、なんかおかしいと思わないか?」
「おかしい?」
「ああ、たぶんまた出てくるからよく見てみな。よく見ちゃまずいと思うが」
また2,3分後、お約束のように現れる。
確かに違和感があった。同じ人物なのは間違いないのだが。
「奴、こっちが止まるまで出てくるつもりかな」
「じゃあ、止まれば終わるってこと…か…」
「止まったところでろくなことは起こらんだろうよ。まあ、見えないふりを
していたほうがいいだろう」
「だけど、たしかにおかしい、何か違和感があったよ」
「俺も自信がないけど、次きたらはっきりするだろ」
そして、それが現れたとき、はっきり違和感の正体がわかった。
「でかくなってるよな」
「なってるよな」
今いるそいつは、ざっと見ても身長が2mを軽く超えていた。確かに人間じゃない。
「ははは…狐や狸が化かす時代でもないよな…」
乾いた笑いで言う。それでも友達が隣にいるから、乾いていても笑いが出る。
ひとりだったら、笑いじゃなく小水が出ていたかもしれない。
「とにかく無視しろよな。関わってもいいことはないと思うから
そんな調子でおよそ3分おきに現れる。徐々に大きくなりながら。
正直、恐怖で言葉も発せられなかった。ただ道にあわせてハンドルを動かすのが
精一杯であった。
最初はほとんど人間の大きさであったと思う。それが、このまま現れ続ければ、
いったいどこまで大きくなるのだろうと考えると、とてつもない恐怖であった。
おそらく友達もそうだったのだろう。10回を過ぎたころから、一言もしゃべらな
かったのだから。
14、5回は出たと思う。最後には10メートル近くになっていたはずだ。もう気づか
ないふりにも無理がある。
しかし、ちょっとした里の集落の灯りが見えると、そいつは姿を現さなくなった。
3分が過ぎ、5分が過ぎ、10分と過ぎても姿を見せない。
「もう出ないみたい…かな…」
「逃げ切れたか…」
まだ不安は残るものの、どことなくほっとした空気が包む。
大したことのない、行灯式の看板や自販機の灯りがこのときばかりは頼もしく思えた。
集落を抜けたはずれに、自販機が並べてある駐車可能なスペースがあった。
お互い喉がカラカラだったので缶コーヒーを買った。
そして、車を車道に戻して徐々にスピードを上げる。
ふとサイドウインドーを見ると、闇に浮かんだ山が、巨大に膨れ上がった物の怪の
ような気がした。
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