とある島の話
そこは住人がいない無人島
目と鼻の先にあるもう一つの島からのボート通勤者はけっこういて
漁港には漁船がずらりで水産加工工場やその倉庫などの漁港周りの施設は今も好調という場所
昔住人がいた頃の名残は藪と林野飲み込まれた傾斜地の中に
明治時代の頃の廃屋やらその残骸やらが茂みや木々に埋もれる
大学4年で旅行にいった
帰宅部カラオケ派閥な俺やカラオケ好きのいろんな部の面々総勢23名
ぬし様がきたと喜ぶ漁協の漁師有志に太鼓演奏をしてもらったり
自慢の海の幸を振る舞ってもらったりとした後
彼らの通勤ボートで島へと渡った
夜の漁に出る漁師達の威勢のよい掛け声とかで寝苦しかった俺たちは
明くる日からはテントを一度たたんで山道を少しのぼったところにある
見晴らしのいいせまっこい平坦地にテントを移した
そこには赤ん坊が入るか?っていう程度のお社があった
一部が酒がはいって社に悪戯した時に最初の事件が起こった
誰も見てないしいいじゃんいいじゃんと酒の勢いで悪乗りする連中の扱いに困って
この島の所有者が目の前にいるんだよと言わざるを得なくなった
それで主様って言ってたんだと納得した女子の中に明らかに眼の色の変る者が出た
次の事件は二日目の真夜中
熱すぎて目が覚めると同じテントの友人の代わりに
セックスはファッショナブルにとか公言する遊び人の女がいた
ズボン掴まれた俺が必死でテントの外に出ると
まだ起きていた連中がげらげらと笑って
いい女に言い寄られても断れるやつは多いが
逃げ出す奴は珍しいと暫くいろんなところで語られて
笑いを誘うことになったらしい
旅行から帰り講義のない後期をだらだら過ごしていた
ある夜目がさめてトイレにいくとその隣の風呂場から水音が聞こえた
入浴時に水を抜いたはずのジェットバスに水がはられていた
洗面所の明かりだけつけて水を抜きにいき
水中に手をつっこんで栓をさがしているとぬるりとした感触が腕をなぞったのを感じた
とっさに飛び退いてつるりと滑って扉の角にがんと頭を打って出血
ぬるりどころの騒ぎじゃねえと電話してみると
痛みも少ないし血も少ないのでタクシーでいきますといっても
いやいや頭を討ったなら油断は大敵と救急センターから救急車を手配してもらった
このぬるりとした感触と俺は長く付き合うことになった
普通に風呂に入っていてもぬるり
洗面台で顔を洗っている時でも頬にぬるり
水気の多い場所で感じられるこの幻覚に参っていたのは最初の頃だけで
何度かびっくりして怪我して以降は段々慣れてきた
卒業から八年経って昔の仲間と同窓会を開いた時
旅行の参加者の一人から誘われてタバコを吸いに外に出た
「これ、返すよ」
割れた鱗のようなものを渡されてきょとんとする俺に
あの旅行の時悪戯でもってかえってきてしまったものだと説明された
帰ってきてからこれ窃盗なんじゃないかと怖くなり
何度も捨てようと思ったがなぜだか実行に移せずずっともっていて
今回の出席者に俺が居ると知って帰すためにもってきたんだという
時間が立つほど言い出しにくいのであろうによくぞ正直にと褒めて受け取った
島に行って返して以降たちどころにぬるりとしたあの感触に遭遇することがなくなった
その話を漁協との貸借契約の更新のためにいったときにすると
あの社に鱗なんて祀られていないぞという話になったので
ならもらっておこうと思って取って来て今はうちでお祀りしている
去年からなんとなく入れてみたうちのレンタルアクアリウムの魚達は丸々肥えて元気がよく
皆長生きなので魚を替えにやってくる業者はいつも首をひねっている
家業の不動産投資はここ十数年じわじわ資産を失っていって事務所の所員達もヒヤヒヤしていたが
不思議と漁業の関わりそうな場所の土地に手を出すと収益率の高い結果が出ることになってて盛り返し中
一方で島の漁業はギョギョッとするくらい不振らしい
やっぱり祀られていたんじゃないかと思うが
まあ燃油だとかなんとかそういうたぐいの問題だろう
それにもし気の迷いだとしても今更返す気もない
このぬるりはなんだか猫が擦り寄ってくるような感覚で不快じゃないんだ