今から皆さんにお話する話は私と妻がまだ20代の頃の事。
あれから十数年口にする事を恐れ、一切語られなかった鮮烈な恐怖体験を告白します。
1990年8月、当時妻と私は今で言うフリーター生活をしており、金を貯めては旅行をするという随分気ままな生活をしておりました。
その日は兼ねてから楽しみにしていた関西名所巡りの道中で、勿論至って楽しく時間が過ぎ、日も暮れ、予約してあった旅館に到着しました。
旅館は屋外に雑木林が広がるとても感じの良い旅館で、私達は二階の東側の部屋に泊まる事になりました。
私達はしばらく雑談した後風呂に入り、浴衣に着替え夕飯を頂きなどし、その後は自室でテレビなどを見ておりました。
そのうちに夜もふけ、電気を消し、窓を網戸にし、布団の周りの準備を済ませやがて事は済みました。
さてここまでは何も問題なく過ごしていたのですが、恐怖は網戸越しに我々を見張っていたのです・・・。
初めに異常に気付いたのは妻でした。
急に妻の表情が強ばり声を微かに、「窓・・・の外・・・」と。
私はその瞬間、私の背後にただならぬ事が起こっている事を悟りました。
私は妻越しにテレビの画面に目をやりました。
画面には網戸を透かして差し込む月明かりに映し出された何か大きな物体が映り込んでいました・・・。
私はゆっくりと妻に被さり息を殺しました・・・。
夏なのに布団を耳まで被り、暑いはずなのに冷たい汗が滴り・・・、私の鼻を伝った汗が妻の耳に落ち・・・。
金縛りと言うよりは蛇に睨まれた蛙のように全く動くに動けない状態。
妻の目は猫の目のようにその物から視線を反らせず、私も巨大なその物を横目で見ました。
それは初め苔の蒸した大きな緑色の岩のように見えました。
しかしそれは、
正しくは・・・。
目が慣れるに従って網戸越しに浮かび上がったのは、『・・・顔・・・』
巨大な緑色の顔・・・。
巨大な鮫のような目をした
『・・・おに・・・』
それは緑色の巨大な鬼の顔・・・。
「・・・ご先祖様・・・お助け下さい・・・ご先祖様・・・お助け下さい・・・」
・・・何時間経ったのか、何十時間にも感じられた長い長い時間が過ぎ、その鬼は網戸から離れしばらくの間ただ突っ立っており、やがて何事も無かったかのように森へと去りました。
気が付けば喉がカラカラに渇いておりました。
窓を閉める事もできず動く事もできず、かと言って安心して眠る事もできず。
朝が来るとすぐ帰宅の途に付きました。
あれから私はしばらくの間不眠症になり、妻は情緒不安定で熱を出して寝込み、
必死の看病の結果か今は妻も私も元気ですが、今でもあの時の事は互いに口にするのを控えております。
皆さんはよく恐怖体験をしたいと言われますが、もしそのような体験を追い求めるなら、日頃からご先祖様を大切にするよう心がけて下さい。
もしあの夜私にご先祖様に対し後ろめたい気持ちがあったなら、私達は翌日のニュースに謎の失踪事件として紹介されたのだと思っております。
お気を付け下さいますよう。