しかし親の方が一枚上手でそこから通える塾に入る手続きをされてしまい、お陰で毎日塾通いする羽目になってしまった。
朝8時に祖父母の家を出て最寄りのバス停まで10分ほど歩き駅前の塾へという日々であまり遊んだり出来ず不満だったが、祖父が交通費をたっぷりくるたので帰りに買い食いしたりゲーセン寄ったりする楽しみはあった。
田舎へきて一週間ほど経った頃だった。夕方バスを降りて家へと歩いていた。ちなみに家とバス停の間は田んぼの中の畦道で夏でも風が吹いて心地よかった。
途中に小さな神社がありその周りだけこんもりと木が繁っていた。近所の子供も寄り付かず人気のない場所だったが俺は妙に気に入ってちょくちょく境内に入って置いてあったブランコを漕いだりしていた。
その日は曇り空で夏にしては薄暗い日だった。てくてく歩いてちょうど神社の森に差し掛かったとき、前方にふと妙なものが見えた。空間の一部がとろとろと歪んでいる。例えるなら陽炎のようなものだった。
しかしこんな日に出るはずがないし、しかもちょうど道幅と同じくらいの範囲で現れている。高さは大人の身長くらい。まるで道を塞ぐ透明の壁のようだった。
最初はそれほど気にならなかったが近付くにつれて次第に気味が悪くなってきた。どうしよう。そう思った瞬間だった。
「××くーん」
背筋を悪寒が駆け上がった。振り向くと畦道をこっちへやってくる黒いものが見えた。ボールのようにバウンドしながらゆっくりとこっちへ向かっている。
「××くーん、××くーん」
また聞こえた。 しわがれてエコーのかかったような女の声。妙に甘ったるい。黒いものが発しているのか? それが跳ねるたび細長く黒いものがばらばらと広がった。
何度目かのバウンドでそれの中身がちらりと覗いた。外側とは違う白い白い何か。薄暗い中でも俺には見当がついてしまった。それは顔だった。周りは髪の毛だったのだ。つまり、生首。
女の生首が1メートル以上はありそうな長い髪を振り乱して俺の名前を連呼しながらこっちへ向かって飛び跳ねていた。
気がつくともやもやの前に立っていた。横には放り出したカバンがある。とっさに振り返ると生首はいつの間にかすぐ後ろまで迫っていた。俺を呼ぶ声は絶叫に近くなっていた。
髪の間から白い顔が睨んでいた。睨みながら笑っていた。唇は無かった。
俺は金縛りにあったように身がすくみ動けなかった。声も出なかった。口は半開きで涙と涎を垂れ流していた。そのままどうしようもなく接近してくる生首を見ていた。
その時、鳥居から例のもやもやがぶわっと押し出されるように大量に溢れ出てきた。そして生首は飛び上がったままもやもやに包まれ空中で止まった。
歪んだ幕を通して女の顔が引きつったかと思うと物凄い表情でこっちを凝視しており、口がぱくぱくと開閉していた。
そのまま長い時間が過ぎたように感じた。実際は一瞬だったのかも知れない。次に覚えているのは家の布団の中。心配して迎えにきた祖父におぶわれて帰宅したらしかった。
二人から根掘り葉掘り聞かれて全て話したが夢でもみたのだと信じてもらえなかった。
あの神社は戦後に出来た比較的新しいもので特に曰わくがあるわけでもないということだった。
俺自身あんな目に遭った割には不思議とトラウマなどになることもなく、残りの期間も普通に塾に通った。前ほどではなくとも神社にも時々寄った。
今では何となく見当がついたけど、生首の顔を思い出すとやはり怖くなる。
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