八年前、友人二人と泊まった中国地方の民宿の話。
八年前、友人二人と泊まった中国地方の民宿の話。二階建ての木造で、海沿いにあったと思う。
そん時は一週間ばあちゃんの家に泊まってた。泊まりの三日目、海水浴に行ったんだけど、夕方になって酷い雨が降ってきた。俺たちが遊んでた浜が、ばあちゃん家からかなり遠くて、俺らの原付じゃ帰るのは厳しいってんで、近所の民宿に泊まることになった。
で、民宿に着いたら、結構なトシの婆さんと中年のおっさんが出てきた。一泊したい旨を伝えると、快く部屋を準備してくれた。とりあえず飯食って風呂入って、疲れてたんでさっさと寝た。
深夜の2時くらいだった。目が覚めたら友人のAがいなかった。手洗いにでも行ったのかと思って暫くぼーっとしてたが、20分しても帰ってこない。不審に思ってBを起こして、Aを探しに行くことにした。十中八九廊下で寝惚けて行き倒れてると思ったし。
二階から光が薄く漏れてるのに気づいた。階段をゆっくり上がって行くと、婆さんとおっさんの声がしていた。Aの声もした。
婆さんとおっさんはなんて言ってるのかわからなかった。Aの声は震えていた。
「わかりません」
「知りません」 「違います」「助けて」
俺とBは顔を見合わせた。
で、障子を開けた。婆さんとおっさんが、虚ろな顔でこっちを見てた。
婆さんは包丁を持ってた。
Aは泣きながら走ってきた。
婆さんとおっさんは生気がないって感じで、めちゃくちゃ怖かった。
俺の方見てんのに、俺の後ろを見てるみたいな。婆さんが何か言った。その瞬間、後ろから引っ張られる感じがして、俺とBは階段から転げ落ちていた。
いつのまにかAも転げ落ちていた。 階段の上には、婆さんとおっさんと、なんかすげえ細長くてぐにゃぐにゃの黒い影がいた。ナメクジを極限まで黒くしたみたいなやつ。やべえと思った。
雨は止んでたから、民宿に携帯もPSPも全部ほっぽったまんま原付に飛び乗って帰った。
Aは足がガクガクで、何回か原付で転けそうになってた。暫く走ると、とりあえずポプラがあったから、原付を停めて駆け込んで、暫く時間を潰した。ばあちゃん家に帰り着いたのは世が明けてからだった。
Aに、婆さんとおっさんに何を言われていたのか聞いたけど、
「頷いちゃいけないってことしか覚えていない。
あとめちゃくちゃおっさんの口と押入れん中が臭かった。鶏捌いたときみたいな臭いだった」
としかわからなかった。
民宿は多分まだある。婆さんは生きてんのか死んでんのかわからない。