数年前まで仕事で海沿いに住んでてた。趣味はネトゲか釣りか両極端なものだった。
ただ、釣りは釣果次第で三日は食いつなげるのでかなりハマってた。
車に装備を一式積んで置いて、翌日が休みの場合、出勤前におじいさんがやってる釣具屋でイソメを買って、職場の冷蔵庫の隅に入れておき、いつも空の冷凍スペースで保冷剤を冷やして一日中うきうきしながら仕事をした。
昼休みに自分のデスクのPCにこっそり入れといたネトゲ起動して、「明日休みだから今晩繋がん」と仲間に言っておいたり、まあ今じゃ上司にぶっ飛ばされそうなアホだったわ。
で、仕事が終わってその足で堤防へ。
駐車スペースでスーツのジャケットを脱いで、下もジーンズに履き替えて靴も変え、ぱぱっと準備して海へ突き出てる堤防でいざ釣り開始。
遠投2本にちょい投げ1本の3本。堤防のルールは3本までと、背中側の壁の上に立ち入り禁止というものだった。
背中側というのは、2.5mほどのコンクリの壁と、その向こうの波消しテトラがある。
当然高さがあるから仮に登って穴釣りや遠投するのは危険なので当然だ。
そもそも又聞きしたものだが釣果は変わらないらしい。
ふらっと他の釣り人に声かけて喋ったりしながら、マメ鯖、アジ、キス、結構いいんじゃないか?と少しずつクーラーボックスが満ちていく。日が落ち初めて昼組が竿を畳み、夜釣り組がやってくる。
「また会社帰りかい」顔見知りのおっちゃんから声を掛けられる。
20時を回った頃、三人組の男が騒ぎながら釣り場に来た。こういった手あいはたまにいる。
竿と餌とクーラーボックスだけもって、馬鹿騒ぎしながら迷惑ばかりかけてく奴らだ。
案の定背中側の壁を登って釣ろうとする。
さっき声をかけてきたおっちゃんが舌打ちして、釣り場管理室に電話をして降りろという放送を流してもらう。
それでも降りず、おっちゃんが直接怒鳴る。
ぎゃーぎゃー言いながら壁の上を走って奥に逃げていった。
いつもの事なのだが、このおっちゃん結構厳しい。
気になったので聞いてみたら事故があると場合によっちゃあ釣り場が閉鎖されるんだよ、との事。
なるほどね、おもってまた自分のスペースに戻る。
2、30分したくらいか。
おっちゃんが遠投用の一番長い竿の仕掛けを手早く変えて、相変わらず壁の上の男たちに忍び寄った。
なんだ?と見ていると、あろうことか投げるふりして竿の先と仕掛けを男達の一人に叩きつけた。
衝撃こそ少ないだろうけど、かなりビビったと思う。
大声で文句を言いながら壁から降りておっちゃんを取り囲み男三人。
微塵も怯まず「てめえらがあんなところにいるから悪い。間違ってでも竿で叩き落とされたくなきゃルールを守れ!この釣り場には二度と来るな!」と圧倒。
おっちゃんこえーとおもったのは三人組も同じようで、キチジジイが、とか言いながら逃げ帰っていった。
おっちゃんにやりすぎじゃないかと言うと、男に叩きつけた仕掛けは中通しウキをつけただけ、つまり針とかはなかった。
あと、どこの釣り場や港でも水死体は上がってる。裏のテトラにも昔たたきつけられてグチャグチャの死体があったそうだ。
口ぶりからするに、水死体のほうが重要なようだったので、霊が引っ張るってことですか?と聞くと「多分違う」と言ってから、タバコを取り出してこっちにも一本勧めてくる。
釣り人は待つ時間潰しの喫煙者が多く、自分もそうなので有難く頂戴した。
「好きで見えてるわけじゃない。だけど立ち入り禁止区域ってのは危ないからなってるわけだ」
「さっきの奴らも何かが引っ張ろうとしてた。わかめだかコンブだか、それとも髪か千切れた漁船の網かわからん。そういうのがズルズル、ズルズル上がってきて、足元まで来て、どぽん、ってとこなんだろ。」
さっきの男達も、もう少しでそれが足に届きそうだったので無茶をしてでも降ろさせたらしい。
おっちゃんはそれで話は終わりというように自分のスペースに戻ろうとしたので、最後にこっち側は大丈夫なのか聞いてみた。
「卵が先か鶏が先かはしらないけど、死んでいい場所に居るから寄ってくるんだろう。こっち側じゃ見たことがない」
それでこの話は終わりだ。
身近な所でも「立ち入り禁止」は危険な場所なんだろう。危険だから「立ち入り禁止」なんだろう。
迂闊に近づいたら何があるかわからない。
釣果は一晩で食料4日分確保出来た。四日目の分は干物にした。