引用元: ・死ぬ程洒落にならない怖い話を集めてみない?205
伯父さん達3人も若い頃は船に乗っていた。
次男の毅伯父さんは結婚して直ぐに事故で奥さんを亡くし子供もいなかったので、
船が港に入ると外国のお土産を沢山持って家に遊びに来た。
ある時、伯父さんとテレビを見ていると、日本のタンカーが東南アジアで戦闘機に
銃撃されたと言うニュースが流れて来た。
この事件で乗員が被弾?して死んだか重傷を負った。
その頃、伯父さんもタンカーに乗っていたので父や母もかなり心配な様子だった。
伯父さんは「人間、死ぬときは死ぬ。海の上で事故に遭っても助かるときは助かるし、
陸の上でほんの些細な事で命を落とす事もある。
人の生き死には、人の力ではどうしようもない」と言った事を俺に語った。
そんな話をしているうちに、人間は死んだらどうなるのか、魂や死後の世界はあるのか
という話題になった。
祖母の父や兄達も船乗りだった。
一度船に乗ると帰ってくるまで長い間音信は途絶え、航海は危険と隣り合わせだった。
祖母は『勘』の働く人だったらしい。
ある時、子供だった祖母は航海に出ようとする兄を泣いて引き止めたそうだ。
兄は幼い祖母に言った。
「兄ちゃんは必ず帰ってくるから心配するな。もし、船が沈んだとしても必ず帰ってくる。
帰ってきたら、お前の足を『くすぐる』から、風呂と飯の用意をしてくれ。
兄ちゃんが帰ってくるまで良い子にしているんだぞ」
祖母の兄が出航して何ヶ月か経った。
もうすぐ船が帰ってくる、そんなある日、祖母は誰かに呼ばれたような気がして布団の中で
目が覚めたそうだ。
そして、目が覚めた瞬間、布団の中で誰かに足の裏を「くすぐられた」のだと言うことだ。
祖母は「兄ちゃんが帰ってきた」と、まだ真夜中だと言うのに、兄に言われた通りに、
風呂と食事の用意をしようと床を抜け出した。
風呂と飯の支度をしないと」と答えた。
普通なら「夢でも見たのだろう。早く寝なさい」とでも言うところだろうが、家の者皆が起き出して、
仏間で仏壇に手を合わせたそうだ。
元々網本だった祖母の実家では、海で亡くなった人が家族の足を「くすぐる」話が伝わっていた。
祖母の父や兄たちも、俺の母や伯父達もこの話を聞いて育ったそうだ。
明け方頃、祖母の家の戸を叩く音がした。
兄の乗る船が沈んだ事を知らせる電報だった。
幼い頃、タンカー事件をきっかけに初めて聞いたこの話を、俺は母からも、伯父や伯母からも
繰り返し耳にした。
田舎に行った折りに祖母にも聞いてみたが、祖母はこの話を余りしたがろうとはしなかった。
やがて、俺も大人になり、この不思議な話も記憶の片隅に追いやられて行った。
末っ子の靖叔父さんだ。
3人の伯父達は船乗りになったが、靖叔父さんは大学を出た後警察官になった。
警察官として勤務していた叔父さんは、ある日突然失踪した。
叔父さんの失踪には不可解な点も多かったが、生死も不明なまま20年以上が経過していた。
俺に靖叔父さんの記憶はないのだが、祖母や母は叔父さんの事で心を痛め続けていた。
財産の整理などの必要もあって、叔父さんは失踪宣告を受け法律上は「死んだ」ことになっていた。
だが、祖母は叔父さんが生きていると信じていたようだ。
叔父さんの行方を捜して方々に手を尽くし、霊能者にまで相談していたそうだ。
霊能者によると、靖叔父さんは「生きている」ということだった。
靖叔父さんは祖母の夢枕に度々立ったが、いつも祖母に背を向けていた。
霊能者の話によれば、夢枕に立った人が背を向けているのは、その人が生きている証拠らしい。
祖母は叔父さんの心配をしながら10年ほど前に亡くなった。
思いの他、母は元気だった。
「鬼の霍乱だな」などと言って笑う俺に母が言った。
「最近ね、毎晩のように靖が夢枕に立ってね・・・いつも背中を向けていたんだけど、
一昨日、夢枕に立ったとき私の方を向いていたんだ」
「考えすぎだよ、母さん。体調を崩して気弱になっているだけだよ」
「でもね、母さんね、足を『くすぐられた』んだよ。子供の頃に話した話、覚えているでしょ?」
俺は迷信だよと言って取り合わなかった。
俺は遅くなったクリスマスプレゼントを両親に渡し、「大晦日と正月はカミさんと子供を連れて
また帰ってくるから」と言って実家を後にした。
7日まで休みを貰っていた俺は実家で親父と酒を飲みながらゴロゴロと過ごしていた。
5日の夕方だった。
突然伯母から電話が掛かってきた。
嫁が電話に出て、母に取り次いだ。
どうやら叔父が見つかったらしい。
遺品から伯母に連絡が入ったようなのだが、愛知県在住で姑の介護がある伯母は直ぐには
千葉の警察署まで行く事は出来ない。
代わりに確認に行って欲しいと言う事だった。
遺体は、どうやら叔父さんに間違いないようだった。
遺品はごく僅かだった。
数百円しか入っていない財布と、遺書の書かれた文庫本、駅前などで配られている
ポケットティッシュとそれらが収められたセカンドバッグくらいだった。
火葬・埋葬には色々と煩雑な手続きがあるようだ。
やがて、田舎から伯父たちが上京してきた。
叔父の遺骨は母の実家の菩提寺の納骨堂に納められるらしい。
年明けからの忙しさもあって、殆ど面識もなかった叔父の死に、冷たいようだが俺に
特別な感慨はなかった。
ただ、文庫本の余白にボールペンで書き殴られた叔父の遺書の日付は、叔父が母に顔を
向けて夢枕に立ち、母が足を「くすぐられた」と言う日の日付だった。
叔父は母に別れを告げに来たのだろうか?
霊魂や死後の世界が本当にあるのか、俺には判らない。
ただ、自ら命を絶った叔父の死が、どのような理由があったかは判らないが、
生前に兄姉親族を頼る事も出来なかった彼の孤独な境遇が悲しい。