ほんのりと投下させてね。
小学生の頃の話。今から20年ちょい前。
俺の地元の奈良に「釜風呂」が名物の民宿があった。
「釜風呂」ってのはサウナの一種で、
薪を掘り込む穴みたいなもの。「かまくら」みたいな感じ。
その珍しさもあり創業当時はずいぶんと繁盛したらしいが、
町自体がベッドタウン化、住宅やマンションが次々と乱立。
もはや観光地ではなくなり、民宿自体もさびれていった。
その民宿も、俺が物心つくころにはすでに廃業していた。
坂の頂上にあったその民宿は廃業してからもしばらくは
残っていたんだが小学生の俺らの間で流行っていた
「探検ごっこ」のターゲットになった。
周囲にフェンスはあったものの、簡単に登れる高さだったんで
その建物に入るのは、当時の俺らでも楽勝だった。
夏休みの昼下がりだ。
雑草をかき分けて進み、木製の引き戸の玄関にたどりついた。
俺らのメンバーは俺、A、Bの3人。「せーの」で引くと、
驚くほど簡単に引き戸は開いた。
埃っぽくはあるが、室内は意外に広々としていた。
窓際は雑草に覆われているので全体的に暗い。
が、目視で十分に足りる明るさ。
名物の釜風呂もしっかりと残っていた。
5つほど並んだ釜風呂にはそれぞれに戸がついていて
そのうち半分くらいはすでに壊れていて中が丸見えだった。
それを横目に1階部分を順番に散策。思ったよりも怖さがなく、
少し拍子抜けした。
その後、階段から2階にあがる。2階は客間が3部屋ほど並んでいた。
2階は1階よりも自然光が入る分、明るい。
最初に入った部屋で、奇妙な光景に出会った。
客間の真ん中にある机の上に、朝食くらいの品数を載せた
お盆が2つ並んでいる。
その上に、サランラップがのせられている。Aが確認しにいった。
「新しい…。だって、水滴がついてるもん」
その時、1階から「バーン!」と扉を閉めるような音が鳴り響いた。
そして、ギシギシと廊下がきしむような音が聞こえる。
俺たちはパニックになり、2階から木を伝って脱走。
振り返ることもなくフェンスによじ登り、一目散に逃げた。
それから1年後くらいに、その民宿は取り壊された。
今はマンションが建っている。
ただ単に、浮浪者が住んでいただけかもしれない。
が、電気もガスも水道も、当然ながら止まっていたハズだ。
今思えば、誰かが誰かを匿っていたのかもしれない。
その場合、隠れている者にとってうってつけの寝床は、
釜風呂の中だ。
あのとき、閉まっていた釜風呂の戸を開けなくてよかったと思っている。