小学6年生の三学期ー。
そんな、中途半端な時期に、私は今の町に転校して来ました。
元々、町自体が小さい場所ですので、生徒達は幼稚園や保育園から一緒の子達が殆どで、生徒達の輪やグループは完全に完成されたものでした。
なので、小学6年生の三学期という時期に転校してきた私は、明らかに異分子で、更に中途半端な時期に来た事もあり、明らかに異質な存在として扱われ、奇異の目で見られていたのです。
ですが、数日たち、親友とまではいかなくても、私にもやっと話せる友人が出来ました。
彼女は、町に唯一ある小さな教会の牧師様の娘さんで、同じクラスのエリカちゃんと言いました。
ふわふわと緩くカールのかかった茶色がかった長い黒髪に、大きな黒目がちな瞳、そしてバレエを習っていた為、とても恵まれたプロポーションを持っていたエリカちゃんは皆の人気者でした。
家が近い事もあり、私とエリカちゃんは、よく学校の帰りに近くの公園に寄り道をして、たわいもないお喋りをしていました。
そんな話の最中、私はエリカちゃんから私達が通う小学校に纏わる七不思議を聞いたのです。
私達が通っていた小学校は、当時はまだ木造で、トイレには裸電球が1個ぶら下がっているだけという、小学校を舞台にしたホラー映画には必ず登場しそうな校舎でした。
そんな学校でしたから、不思議な噂や怪談は7つをゆうに越えていたのですが、そんな怪談も語る生徒によって内容が微妙に異なっていたりする為、私は子供心に
(この話の続きはどんなだろう?)
と、好奇心を抱き、エリカちゃんの話を聞いていました。
そんなエリカちゃんが語る怪談の大半は、やはり、他の生徒等から既に聞いた事があるものでしたが、その中に一つ、未だに私が聞いた事がないものがあったのです。
それは
「放課後の理科室に一人でいるとね?いつの間にか、背後に、真っ白なワンピースを着た女の子が立ってるんだって。
それでね?立ってるのに気付いて振り返ると、その女の子は逃げちゃうんだけど、もし、気になっても、その女の子を追いかけちゃいけないんだって。
もし追いかけて・・・追い付いちゃったらね?とっても怖い目にあうらしいよ?」
と、いうものでした。
幼心に、背後に無言で立つ白いワンピースの少女というものはかなり恐ろしく、話を聞きながら、かなり手に汗がじっとりと滲んでいたのを覚えています。
そして、その日以来、元からホルマリン漬けや骨格標本等があり苦手だった理科室が更に苦手になり、移動する時は必ず誰かに一緒について来て貰う様にしていました。
そんなある日。
私は、その日もエリカちゃんと一緒に帰ろうと校門の前で彼女を待っていました。
しかし、待てども待てどもエリカちゃんは来ないのです。
私が教室を出る時は、教科書を既にランドセルにつめおわり、ほぼもう背負って出るだけだった筈なのに。
何かおかしいー。
もしかして、体調が悪くて倒れたんじゃないか?!
心配になった私は校舎に戻りました。
そして、急いで教室に向かったのですが・・エリカちゃんはそこにはいませんでした。
(何処に行ったんだろう?まさか、入れ違いに?)
ですが、ランドセルは確かにまだ教室にありました。
そこで、私は校舎を探すことにしたのです。
音楽室から図工室、給食室から隣の教室。
ほぼ全ての教室を探し回った私は、ある教室でエリカちゃんを発見しました。
理科室です。
「エリカちゃん!」
そう声をかけようとして、私は息を呑みました。
いる。
そう、いるのです。
エリカちゃんの背後、真後ろに、白いワンピースの女の子が。
エリカちゃんも気付いている様で、必死に目を閉じて何も見ない様にしています。
(エリカちゃんが殺されてしまう!!!)
そう思った私は、自分のランドセルを掴み、理科室の中に入ると、その女の子に向かって全力でランドセルを投げつけました。
ランドセルは女の子をすり抜け、窓ガラスにぶつかり、派手な音を立てて窓ガラスを突き破り、校庭に落ちていきました。
その瞬間、女の子が振り向いたのです。
その顔はーーー真っ白でした。
目も、鼻も、口もない。
ただ、目や鼻があるべき場所にうっすらと凹凸がある位の。
「きゃぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
ランドセルがガラスを破った音に思わず目を開けたエリカちゃんは、余りに不気味で異様なその姿を間近で直視してしまい気絶してしまいました。
そして、その女の子は無い目でエリカちゃんをちらりとみる様な仕種をすると、私に向き直りました。
すると、その顔が徐々に変化を始めたのです。
口の部分に、小さな蜜柑の種程度の穴があき、それがどんどんと梅干しの種の様な大きさ・・人間の拳位の大きさ・・グレープフルーツ位の大きさ、と大きく、変化していったのです。
そして、その穴は、顔の両側を結ぶ様な・・綺麗に横一文字に裂けた真っ赤な口になるとニヤリと笑ったのです。
そして、その女の子は笑いながら身を翻し、隣の理科準備室へと扉をすり抜けて入って行ったのです。
辞めておけば良かったのに、当時の私は怖いもの見たさとエリカちゃんの敵討ちの気持ち、それにほんの少しの好奇心が打ち勝ち、理科準備室へ乗り込んでいきました。
危険な薬品等がある為、普段は厳重に施錠されている筈の準備室の扉が、まるで紙で出来た暖簾の様に、軽く押すだけで開いたのです。
私は中へと入って行きました。
しかし、そこにあの女の子の姿はありませんでした。
「何処へ行ったんだろう?」
六畳程しかない準備室です、隠れても分かる様な広さですし、何より、先生用の机や予備の骨格標本、薬品棚がある位で隠れられる様なスペースはない筈です。
そんな探し回る私の頭上で、女の子の笑い声が響きました。
そう、彼女は予備の骨格標本の棚と天井の間の隙間にいたのです。
そして、それに気付いた瞬間、骨格標本の棚の上にあった段ボール箱が私の真上に落ちて来たのです。
(死ぬ・・・・!)
私は、死を覚悟して目を瞑りました。
しかし
バサバサバサバサ!!!
何か、粉の様な物が大量に落ち、全身にかかった感覚はありましたが、予想していた様な強い・・致命傷となる様な衝撃はありませんでした。
「・・・・・?」
余りの予想外な出来事に、私は恐る恐る目を開いてみましたが・・・私の目と鼻の先、息がかかりそうな距離にあの女の子がいました。
しかも、目と鼻の部分に大きな黒い穴が開いた状態で。
その女の子は私と、無い筈の目が合った瞬間、また、ニヤリと笑ったのです。
その瞬間、私の意識は闇に落ちていきました。
そして、目が覚めたら、病院のベッドの上にいたのです。
どうやら、私がランドセルで窓ガラスをぶち割った騒ぎを職員室の先生方が聞きつけ、粉まみれになって失神していた私と、気絶していたエリカちゃんを助けてくれた様でした。
放課後に帰らないで校舎で遊びまわり、あまつさえ窓ガラスを破壊したということで、私とエリカちゃんは両親と先生からかなりきつくお灸をすえられました。
その時、私は、あの粉の正体が気にかかり、先生に聞いてみることにしたのです。
「先生。私が被った、あの白い粉は一体何だったんですか?」
「ああ、あれなー・・・」
先生は、余り言いたくない様で、はぐらかす様に視線をそらしました。
しかし、私は何とか食い下がり、正体を聞き出す事に成功したのです。
なんと、あの粉の正体は『粉末状になるまで細かく砕いた人骨』でした。
(私は人骨を被ったのか・・・。)
吐きそうになるのをこらえ、詳しく聞いてみると『幼い女の子』の骨であると判明したそうです。
しかし、如何せん時間が経っているのと、粉末状態で他に遺留品等の手掛かりがない事、何より・・・あの段ボール箱を誰が持ち込んだのかすら分からない事で、身元不明の遺骨として、埋葬される事になりました。
(かなり古い段ボールで、理科の先生が着任した時には既にあり、誰がいつ持ち込んだかすら分からなかったそうです。)
お葬式と埋葬はエリカちゃんの教会で行われました。
そして、お葬式が終わり、お墓にお花を御供えしている時、エリカちゃんとある話をしました。
「あの女の子は、見つけて欲しかったのかもしれないね。」
「うん。そうかもしれない。誰にも見つけて貰えないのは寂しいもんね。」
あの人骨があの女の子のものだったのか、それは私には分かりません。
ですが、あの日以来、理科室に出る女の子の噂はパタリとなくなりました。