去年のちょうど今ぐらいの季節の話。
当時おれは車中泊の旅に凝っていて、知らない街を一人で旅するのが好きだった。
夜の山道をドライブ中、のどが乾いてきたおれは、自販機を探した。
すると、自販機の灯りが見えてきたので、飲み物を購入し、休憩することにした。
田舎にありがちなちょっとした休憩所で、駐車場に小さな公園が併設されている。
公園のベンチに腰掛けて、遠くの夜景を眺めていると、
7、8メートルほど先の外灯の下にジジイがしゃがんでるのに気づいた。
「すいません」突然ジジイが声を上げる。
それほど大きな声ではなかったけれど、静かな夜の田舎だ。声は通る。
周囲に他に人はいない。おれに言っているのだろう。
体調が悪いのかな?救急車呼んでほしいのか?
近づこうとすると、ジジイがおれを見つめてしきりに手招きする。
今思うと不気味な光景なのだが、そのときのおれは猛烈に腹が立った。
会社の上司が部下を呼びつけるような、そんな手招きに思えたんだ。
ジジイそれが人にモノを頼む態度かよ!という怒りがわく。
なんだ元気じゃん!という気持ちもあった。
「ちょ!それが人に!ざけんな!」と声にならない声をあげ、
おれはきびすを返して車に戻り、休憩所を去った。
ジジイが何かつぶやいたようだが、小声だったしブチギレてたため何と言ったかはわからない。
その夜は、予定していた道の駅で夜を明かした。
気を取り直して、朝から観光を楽しむつもりだ。
車中泊は時間にしばられない気楽さがたまらない。
さわやかに晴れ渡った朝、観光地へ向かう途中、ゆうべの休憩所が見えてきた。
腹立ちが蘇ってきたものの、一方で万一ジジイが倒れていたら、、、ふと気になった。
おれは、思い切って立ち寄ることにした。
ジジイはいなかった。
が、ジジイのいた外灯は、道路の脇に設置されたもので、
おれのいた休憩所との間はぽっかりと谷が口をあけていた。
深さは2メートル近くあり、急傾斜になっている。
その谷間をみた瞬間に背筋が凍った。
明るければ、周囲がよく見えるならば、注意して降りれば降りられるだろう。
だが、夜に知らずに踏み込んだら、途端に転げ落ちてしまう。
もし夕べあのままジジイのほうへ向かったら、ただじゃすまなかったはずだ。
あのジジイが霊的なものだったなのか、それとも生身の人間だったのかはわからない。
だが、とんでもないことを企んでいたのだけは確かだ。