同じ高校のKとMの2人と俺は一緒に勉強をしていた。
集まり出したのは、公民館で会ったのがきっかけだ。
クラスは違ったが、3人共同じ中学。
クラブ活動とかも忙しかったし、一二年はつるむことが無かった。
けれど穴場のスポットである公民館でバッタリ会い
夏休みの間、それから自然に一緒に勉強するようになった。
3人共、国公立理系を目指し、俺とKが工学部、Mが理学部志望。
目指す大学はそれぞれ違ったが、偏差値的にはほぼ同レベル。
通っていた塾がバラバラだったから、情報の共有をしたり、
分からない所は互いに教え合ったり、問題集を回したりしていた。
毎日公民館で集まり、朝から晩まで勉強。
休館日の月曜は、持ち回りでそれぞれの家で集合し
その日は『テストの日』と決めて、採点し合ったりもした。
自分の部屋として使っていた
俺は常々一人暮らしのようで羨ましいと思っていたが
ただ一つ難点はクーラーは付いておらず、とても暑いことだった。それを言えば、俺の家も自室にはエアコン無し。
だからこそ公民館での勉強を選んだのだ。しかし2人が来る時はリビングの冷房効いた部屋でやった。
テレビやゲームとかあるので、一人だと遊んでしまうけれど、
さすがに勉強目的の他人がいれば大丈夫だった。
Kの所もウチと同じ感じだ。
じゃあ何故Mの家ではプレハブなのかというと
Mの母屋には、問題のあるお婆さんがいるからという話で
騒いだりすると怒鳴り込んでくるらしいのだ。
しかし夏のプレハブはおかしくなるほど暑い。
外とほとんど同じだし、熱気が籠るからムシムシする。
特にその日は体感50℃以上に感じた。
お茶とポカリをがぶ飲みしつつ俺達はテストを開始したが、
ポタポタ汗が落ちてノートが濡れるし、頭がクラクラしてくるし、
扇風機は強にしてたけど、焼け石に水状態。
とても勉強どころじゃ無かった。
「しゃーねー、母屋でやろうか」
Mが言い、俺達は母屋へと移動した。
Mの家の敷地が広いのは分かると思う。俺とKは新興住宅地の他所から
来た口だが、
Mは何代にも続く由緒ある地元の家だった。犬が放し飼いになっている畑の他に
小便のみの男性トイレや倉なんかもあった。
当然、母屋も大きかった。
昔ながらの日本家屋で築年は50年以上だそうだ。「おじゃましまーす…」
小声で上がる俺達は、広い玄関で靴を脱ぐ。
そこで「ちょっと待ってろ」って言うMが戻るのを待つ。
しばらくしてMが母親と一緒にやってきた。
前回来た時にお昼に素麺をご馳走になったから
俺もKもM母とは顔を合わせている。
「ごめんなさいね、暑かったでしょ」
お盆に氷一杯の麦茶を入れて出迎えてくれた。
「M分かってるわね」
お礼を言ってゴクゴク飲む俺達を横に
M母は注意事項をMに言い聞かせていた。
曰く、大きな声を出さないこと。
客間以外には行かないこと。
トイレも屋外の方で使うこと。
「分かっとるって、大丈夫やよ。
もう高校なんやし、小学校の時と違うから」
そう言ってMは俺達を玄関すぐの部屋に通した。
「はー、生き返るわー」
「まじ茹で上がるとこやった」そのままヒソヒソ声で言う俺とK。
そうして汗が引くのを待つ間、俺はさっきのMの言葉を聞いてみた。
Mの『小学校の時と違う』というのが妙に引っかかったのだ。「あ、あー…まぁ、お前らならいいか」
小声でMが語った。
10年位前に夫であるMの祖父が亡くなった頃に憑かれた。
急に言動が変わり、穏やかだったのが癇癪持ちになり、
髪もボサボサで伸ばしっぱなし、散髪を嫌がり暴れる。
掃除もしなくなり、服装も乱れ、風呂も嫌がり不潔になった。精神病の一種なのだろうが、民間信仰で『鬼憑』と呼ぶそうだ。
粗雑で乱暴になり、顔つきが鬼のようになるらしい。
一般の『狐憑(きつねつき)』と特に違うのはうつることだという。小学校の時というのは、友達の首をM婆が絞めたらしいのだ。
遊びに来て、山姥のような格好のM婆に驚いて泣き出した。
その泣き声に激しく反応し、怒鳴り襲いかかったそうだ。
「幸い大事には至らんかったけど、
それ以来、友達は呼べなくなったんよ」
「それって誰?」
「○○」
KはMと同じ小学校だから、その名を知っていた。
聞いて驚いており、同時に納得もしていた。
突然授業中に叫んだり、様子がおかしくなり、転校していったそうだ。
「大丈夫なん、Mにはうつらんの?」
「ああ、何か家族はいいみたい。
だから静かにな」
最後にMが言い、俺とKは頷いた。
ゾッとしたからか汗も引き、それから真面目に勉強した。
それからお昼はカレーをご馳走になり、
テスト形式で問題を解いて採点し合い、
順調に勉強は進んで行った。
遠くから大声で叫ぶ声とバンバン何かを叩く音が聞こえた。「ッち、ちょっと行ってくる」Mが舌打ちして、部屋を出ていった。
俺とKは顔を見合わせた。
その間も物音と奇声がしていて、やがてパタリと止んだ。
しばらくしてMが戻ってきたが、Tシャツがビロンと伸びていた。
さっきの話と結びつけると、M婆が暴れたのだと思った。
勉強モードは解け、そこでお開きにすることになった。
「なんかゴメンな」
「いや、別に、それより何か大変やな」
「まー、慣れっこになっとるから」
「次からは俺とKの家で回そうか」
「あー…そうやな、変に気を遣わせてスマン」
帰り際に振り返ったMの家は、妙に不気味に思えた。
一人暮らしを始めた。
KやMも無事合格し、それぞれ別の大学へと進んだ。
俺は大学で始めたクラシックギターに夢中になり、
KやMとも疎遠になり、盆に帰った時に会うくらいになっていた。「おい、Mが死んだって」久々のKからの電話で、開口一番がそれだった。
何でも川にキャンプに行き、は溺れてしまったそうだ。
葬式は中学の時の知人・友人を中心に行うらしい。
その前年に同窓会をしたばかりだから、連絡はスムーズだった。
通夜に行くと、悲しみに沈んだMの母がいた。
俺は会釈をし、お悔やみの言葉を言い、焼香を上げた。
その後、一緒にキャンプに行った友人から詳しい話を聞いた。
何でもMは最近ちょっとおかしかったという。
酒ばっかり飲み、言ったことを覚えてなかったり。
大学もサボりがちで、突然癇癪を起こしたり。
キャンプに行った時も、浴びるように酒を飲んだそうだ。
人が変わったように、愚痴ばかり言っていたという。
そして目を離していた隙に居なくなり、溺死した死体が見つかったと。
するとKも既にその話を耳にしており、
それだけで無く妙な話も仕入れていた。「なあ、親戚の人に聞いたんやけど
Mのお婆さんさ、10年前に亡くなっているんやって」? 何の話だ。「Mん家に行ったの覚えてるだろ。
あの時既に居なかったって」
「え、どういうこと?」
「いや、俺もよく分からん。
でも、お前もさ、あの叫び声と物音聞こえたよな。
それとMの爺さんこそ手が付けられん暴れん坊で
Mと同じ死に方したらしいんや」
確かに叫び声や物音は聞こえたし、Mの話も思い出した。
辻褄が合わない。まずM婆が既に高校時点では亡くなっていたこと。
そして新たに出たM爺こそ彼が語った『鬼憑』だったこと。
最後にMもその症状だったこと。「なぁ、あいつ脳のこと勉強しとったの知っとる?」KはMが進学した学科について語った。
理学部でも医学部寄りの学科らしい。
Kの推論では、『鬼憑』は遺伝的な精神疾患ではないか。
それを何とかする為にそこを志望したんじゃないか、と。
「いや、でもそうなるとKが知っとる○○って
『鬼憑』がうつったって子は?」
そう言うとKもウーンと唸った。
結局真相は分からずじまい。
M母に聞くしかしょうがないが、一人息子を亡くし悲嘆に暮れる所を
単なる俺達の好奇心を満たすだけに尋ねるのは憚られる。
それに多分、聞いても答えてくれないだろう。
あれから6年、俺も社会人になった。
就職し、大学の部の後輩と結婚し、子供も出来た。
今年の夏にKと飲み、その話が出て久しぶりに思い出した。
それでここに書き込んでみた。
俺にとっての一番の怖い話だ。
他人はどうか知らない。
大学時代に肝試しとかで心霊スポットに行った事は何度かある。
確かにその場はドキドキする。
帰って一人になって、電気が消せず、点けたまま寝た事もある。
でも振り返って、怖い話かと言われれば首を傾げざるを得ない。
嫁さんが結婚に出産を経て、性格が変わった。
軽く鬱が入っていて、薬を飲んでいる。
この話を選んだのは、それもある気がする。
鬱は俺も勉強した。
マリッジ・ブルーにマタニティ・ブルー、そして今は産後鬱らしい。
原因は様々で、抜本的解決もよく分からないようだ。
『鬼憑』の詳細は知らないが、昔は単純で良かった気がする。
今は複雑で、色んな名前が有り、だけど解決法が不明なのは一緒だ。
俺もツカレテいるのかなと最近思う。