ドルイドとは、ケルト人社会における祭司のこと。
Daru-vid「オーク(ブナ科の植物)の賢者」の意味。
ドルイドの宗教上の特徴の一つは、森や木々との関係である。
柳の枝や干し草で作った編み細工の人形を作り、その中に生きたまま人間を閉じ込めて、
火をつけて焼き殺し、
その命を神に奉げるという、人身御供の祭儀も行っていた。
刑罰の一種として、森林を違法に伐採した場合、樹木に負わせた傷と同じ傷を犯人に
負わせて木に縛り付け、樹木が許してくれるまで磔にするという刑罰もあった。
自分の叔父は、仕事柄、船で海外に行く事が多かった。詳しい事は言えないが、
いわゆる技術士だ。
1年の6~7割は海外(特に北欧)で仕事をしている様な人で、日本に帰って来ている時は
良く遊んでもらったものだ。
今は既婚で、引退して悠々自適な生活を送っており、知識も豊富でバイタリティ溢れる快男児だ。
以前も、2話程、叔父関連の話を書いているはずだ。その叔父に、こんな恐ろしい話を聞いた。
当時叔父は30代で、彼女とマンションに同棲しており、幸せに暮らしていた。
ひょんな事から、お隣さんと親しくなったらしい。お隣さんは年配の夫婦で、病気の子供が1人。
旦那さんも仕事柄、海外に飛ぶ事が多いとの事だった。話題も合うと言う事で、叔父とは意気投合し、
その奥さんも温厚で、夕食を呼んだり呼ばれたりする仲にまでなったそうだ。ある年の真冬。
そのご夫婦と賑やかな食卓を共にしていると、そのご夫婦の別荘の話題になった。
何でも、関東近郊の閑静な山奥に、別荘を1つ所有しているらしい。
近くには小川もあり、魚等も釣れ、年に1度は家族で、病気の息子の療養がてら遊びに行くらしい。
どうやら今年は仕事の関係で行けなくなったらしく、叔父達に、良かったら使ってくれても良い、
との事だった。
アウトドア好きな叔父は、喜んで使わせてもらう事になった。
そんな叔父と趣味も合った彼女も賛同したらしい。
そして、翌年の年明け、叔父は彼女と共に、その別荘へと向かった。
別荘を目にした途端、彼女の溜息が聞こえたそうだ。感動ではない方の。
「ホント、掘っ立て小屋みたいな感じだよ。
こっちは小洒落たロッジ的なモノを想像してたんだけどな。
あの夫婦の説明を聞く限り、誰でもそう思うと思うよ」
叔父は苦笑しながら言った。とにかく、その「別荘」はお粗末なモノだったらしい。
木造平屋で、狭い玄関。猫の額ほどのキッチン。古びた押入れに入った布団。
暖炉がある広間がやや広い事だけは救いだったらしい。
来てしまったモノは仕方がないので、なるべく自分達が楽しむ事にしたと言う。
昼は川魚を釣ったり、近辺の林を散策し、野草を採ったり。
それらは夕飯には天ぷらとして食卓に並び、それはそれで楽しい夕飯だったそうだ。
「野草を採ってる時に、かろうじて遠くに別荘が見えるくらいの距離の、少しだけ森の深くに
行ったんだが…
その時にちょっと気になるモノがあってな。ナラ(楢)の木があったんだよ。クヌギなんだけどな。
この森にクヌギの木ってちょっと浮いててな。周りは違う種類ばかりだし、明らかにそこだけ
近年植林したんじゃないかなぁ。上にヤドリギも撒きついてたよ。
クヌギは10年も経てば、大きくなるからな。
で、気味が悪いのが、そのクヌギに何か文字が彫ってあってな。
オガム文字って言ってな。古代のドルイド(上記参照)等が祭祀に使ってた文字なんだよ。
横線を基準と見て、その上下に刻んだ縦や斜めの直線1-5本ほどで構成されててな、
パッと見文字には見えないんだが…
ま、何て書いてあるかまでは分からんが、不気味ではあるよな。日本だぜここは」
叔父の様にオカルト方面に知識がある人から見たら、確かに不気味なのだろう。
そんなこんなで、その日の就寝の時に事件は起こった。
叔父が窓や玄関の戸締りを確認しようとしていた時の事だった。
「何で最初に気がつかなかったんだろうな。鍵がな、外側にもついてるんだよ。」
つまり、窓の内鍵とは別に、窓の外側にも鍵がついているのだ。玄関の入り口の戸にも。
「これはヤバイ、と思ったな。部屋の中に家具が異様に少ないのも実は気になってたんだよ。
生活に必要最小限のモノだけ…それも、全て木造で燃えやすく…パッと思い浮かんだのが、
ウィッカーマンだな」
「柳の枝や干し草で作った編み細工の人形を作り、その中に生きたまま人間を閉じ込めて、
火をつけて焼き殺し、神に捧げる」
と言うおぞましい秘儀が、古代ドルイドの祭儀であるのだ。
それを英語では「ウィッカーマン(wicker man)」、編み細工(wick)で出来た人型の構造物、
と言うらしい。
「彼女を不安がらせない様にその事や鍵の事も秘密にし、俺だけ起きてる事にしたよ。
全部の内鍵開けてな。そしたら、夜中だよ」
砂利を踏む音と、人の気配が別荘の外でした。すかさず窓を開ける。
例のお隣の夫婦の旦那だった。
「何をなさってるんですか?」
叔父に急に見つかり、厳しい声を投げかけられた旦那は、驚愕の表情でしどろもどろだったと言う。
「いや、その…大丈夫かなと…」
「大丈夫じゃなないですよ。その缶は何です?灯油の缶じゃないんですか?」
「い…いや…ストーブの灯油を切らしちゃいかんと思ってね…」
「暖炉がありますよね?」
「いや…まぁ」
叔父は、外鍵の事を厳しく追及した。旦那が弁解するには、この別荘も人から譲り受けたモノで、
外鍵はその当時からついていたらしい。
「信じるわけないわな。そんな気味の悪い家で誰が泊まりたがる?」
叔父はまったく旦那の言う事は信用しなかった。外の騒ぎで、寝ていた彼女も置きだし、
不安そうな顔を覗かせていた。
「○○さん(旦那)…あんた、ドルイドの何かやってるんじゃないでしょうね」
「は…? 何ですかそれは」
「とぼけたって良いんですよ?裏の森のクヌギ。良い薪になりそうだなぁ」
「な…何を言うんですか!!」
「あんた、俺らをウィッカーマンにして、捧げようとしたんじゃないのかっ!!」
「…」
本当の事を言わないのなら、クヌギを切り倒す、と脅した叔父に対し、旦那は全てを話し始めた。
治療法は、病の進行を遅らせる、強い副作用のある方法しかない。
あらゆる方法を試したが、病は一向に癒える気配は無かった。
そんな藁にも縋る思いも極まった時の事。
15年前、仕事先で訪れたウェールズのある村で、ドルイドの呪術師に出会ったと言う。
そのドルイドの呪力が篭ったオークの木の苗を、大枚叩いて旦那は買い、日本へ持ち帰った。
そのドルイドから授けられた秘術は、毎月6日に、白い衣装を見に付けオークの木に登り、
ドルイドから譲り受けた(これも大枚叩いて買ったらしい)鎌でオークに寄生している
ヤドリギの枝を切り取り、「生贄」をオークの木に捧げる、と言うものらしい。
その祭儀の見返りの願いは言うまでも無く、息子の病を治す事、だ。
「確かに、その日は1月6日だったなぁ…」
「生贄って…」
俺は恐る恐る叔父に聞いた。
「最初は、小動物とかだったらしいよ。ハムスターとか、野良猫とか、犬とかな。
クヌギの木の根元に埋めて。
心なしか、大きな動物になればなる程、息子の病が(良くなっている様な気がした)らしい。
まぁ、そのドルイドに1杯食わされたんだろうけどな。でも病気の子供を持つ、
悲しい親の愛とは言えども、あんまりじゃないか?俺らを焼き殺そうとするなんて」
叔父は笑いながら言った。それから、懇々とその旦那を説き伏せたらしい。
人を呪わば穴二つ。そんな事をしても、何も良い事はない。オカルト方面に詳しい叔父だけに、
様々な知識も動員して、旦那を説き伏せた。
「50にもなろうかと言うオッサンが、声上げて泣いてたなぁ。まぁ、俺らも殺されそうにはなった
とは言え、その旦那の気持ちも分からんでもないからなぁ。同情心もあって。
彼女も少しもらい泣きしてたかな。
旦那も、クヌギも別荘も処分する事を約束してくれてな。
明日にでも、特にクヌギの処分は俺ら同伴で」
「じゃあ、この件は、警察沙汰にもならずに一件落着、と」
「ところがなぁ。あのオークは(本物)だったんだなぁ」
旦那の携帯が鳴った。奥さんの声が否が応でも聞こえてきたと言う。ヒステリックな金切り声だ。
明らかに「殺したの?捧げたの?やったの?」と傍の叔父にも聞こえて来たと言う。
あんなに温厚に見えた奥さんの方が、実はこの件では主導権を握っていたのだ、と思い
ゾッとしたと言う。
奥さんは東京のマンションから電話をしているらしい。
旦那は、ある程度は言い返してはいたが、奥さんの凄い剣幕に終始押され気味だったと言う。
たまりかねて叔父が電話を変わり、物凄い口論となった。それは、一時は殺されそうになり、
まだ片方が殺意を剥き出しにしているのだから、激しい感情のぶつかり合いになるのは
至極当然だろう。
叔父の彼女も、先ほどの涙とはうって代わり、叔父に負けじと口論に加わったと言う。
「こりゃ将来尻に敷かれるなぁ、と思ったね、その時は」
叔父は苦笑しながら言った。確かに今は尻に敷かれている様だ。
やがて、叔父がたまりかねて、警察、裁判沙汰、をちらつかせる様になると、やっと奥さんも
大人しくなり、しぶしぶ旦那の話も聞くようになってきたと言う。
一応、いざこざの一段落はついた。
流石にその日は深夜になっていたので、その別荘で休む事になった。
「一応さ、話はついたけど、まさか眠るわけには行かないよな。あんな事されそうになって」
暖炉の広間で、叔父と彼女が身を寄せ合って座り、離れた場所に、旦那が申し訳なさそうに
座っていた。
「明日、旦那の知り合いの業者に手伝ってもらい、クヌギの木は切り倒す事を約束してもらった
からさ、それを見届けるまではな」
3人ともその日は寝ずに、朝を迎える予定だった。夜もさらに深まった午前3時頃だったと言う。
と、森の奥から何かが近づいてくる音が聞こえた。野生の動物か、野犬か。
コックリコックリと船を漕いでいた叔父も、その音に目が覚めた。
「明らかに人間に近い足音と気づいた途端、ゾッとしたね」
最初は奥さんが来た、と思ったらしいが、あの電話を終えてからこんな短時間でここまで
来れるわけがない。
いや、あの電話は実は近くからかけていたとしたら…もしくは、他に仲間がいたとしたら…?
叔父は寒さなどお構い無しに、全ての窓や戸を開け、アウトドア用のナイフを手に、臨戦態勢で
息を殺していた。
「ザッ ザッ ザッ」と言う音は一向に止む事はなく、明らかにこの小屋に向かっている。
「それから10分後くらいかな。もうな、普通にこの小屋を訪ねて来るように、玄関の戸に
立ったんだよ。足音の主が」
「○○?(妻の名前)」
と旦那が叫んだ。が、すぐ、驚愕から恐怖の悲鳴に変わった。
「奥さんの様で、奥さんじゃないんだよ。顔は、ほとんど同じなんだな。だが生気が無いと言うか。
で、この真冬に素ッ裸だぜ? でな、最初は旦那は(妻の様なモノ)の裸に驚いて声を上げたと
思ったんだよ。
違うんだよな。肌の質感も色も、木、そのものなんだよ。で、もっと怖かったのは、
左右の手足が逆についてるんだよ。分かるか? それが玄関に上がって来ようとしてな、
右足と左足が逆なもんだから、動きがおかしいんだよ。上がり口に何度もつっかえたりして。
それが何よりおそろしくてなぁ」
確かに想像するだけでもイヤな造形だ。
でもな、一応人間の形はしてるんだからさ。刺せないぜぇ?なかなかそんなモノを。
やっぱ、人間の心ってリミッターあるからさ。もし人間だったらどうしよう、とか思うよ」
それは確かに分かるような気がする。
「でな、その(妻の様なモノ)がとうとう小屋の中に入ってきて、何か言うんだよ。
それも、何言ってるか分からなくてな。カブトムシの羽音みたいな音を喉から出して。
で、左右逆の足でヨタヨタしながら、俺の方に向かって来るわけだ。
しかし、俺も真面目なもんだよなぁ。
それでも最後に一応、○○さんですかっ!?って聞いたよ。さっきのリミッターの話な。
それでも、ソイツは虫の羽音の様な耳障りな音を喉から発して、これまた左右逆の両腕を伸ばし、
俺の首を絞めてきたもんだから、思いっきりソイツの腹を前蹴りで蹴ったよ。
すると、腹がボロボロ崩れて、樹液みたいな液を撒き散らし、腹に空洞が出来てやんの。
それで決心出来たんだよな。あぁ、これは人間じゃないから、ヤッちゃって良いんだ、ってな」
と、豪快に笑いながら叔父は言った。こういう時の度胸を決めた叔父は、本当に頼もしく見える。
不気味な声を発しながら、ソイツは起き上がって来たらしい。
叔父は、ナイフをソイツの脳天に1発、もう1度蹴り倒したら、空洞の腹を貫通し、
胴体が千切れたらしい。彼女と旦那の絶叫が一段と激しくなったと言う。
「で、腹の中から異臭のする泥やら、ムカデやら色んな虫がワラワラ出てきてさ。
もう部屋中パニックだったな。床に倒れたソイツの人型も段々ボロボロと崩壊していって、
床には泥と虫だけが残ったね。
気持ち悪くて、ほとんど暖炉に放り込んだな。突立てたナイフがいつの間にか消えてたのが
気になったけどな」
電話をさせたらしい。妻はすぐに出た。
「妻は死んでいた!とかやはりそういうのは心配するだろ、形が形だけに。元気だったけどな。
まぁキョトンとしてたな。
流石に今起きた事は言わなかったけどな。後で旦那が話したかどうかは知らないが…
でも、流石に全て終わった後に恐怖が襲って来たね。手足とか震えて来てな。
彼女はずっと泣いてたな。
で、1番怖かったのは、彼女が暫くして変な事言い始めたんだよな。
何でアレに○○さんですか?と問いかけたのか、と。
変な事聞くなぁ、と思ったね。顔ははどう見てもあの奥さんなんだから」
「で、どういう事だったのかな?」
俺が聞くと、叔父は気味が悪そうにこう言った。
「よく、自分の形をしたモノの頭にナイフなんて突き立てられたね、って彼女はこう言ったんだよ。
つまり、彼女にはあの化け物が、俺の姿に見えてたんだよな」
叔父が想像する所は、次の様な事らしい。
古代ドルイドの秘儀で、オークの木に邪悪な生命が宿った。
それに、あの妻の怨念も乗り移り、生贄が止まった事に見兼ねて、自ら実体化して現れた、と。
そして、見る対象者によっては、あの化け物が様々な姿形に見えるのではないか、と。
木の表面が、2cm程陥没してて、1m60cmくらいの人型になってたな。
そして、頭部らしき箇所に俺のナイフが突き立ってたな」
やがて、夕方になり旦那の知り合いの業者がやってきて、クヌギを木を切り始めたと言う。
「最初にチェーンソーが入るときと、木が倒れる時。完全に聴こえたんだよ。女の絶叫がね。
俺と彼女と旦那だけ聴こえた様子だったな。
で、切り株と根っこまで根こそぎトラックに積んでたんだが、小動物の骨が出るわ出るわ。
業者も帰りたがってたな。さっきの人型と良い、そりゃ気味悪いよな。
まぁ、人骨が出なかっただけマシかぁ?」
後日、隣の夫婦がそれなりの品物を持って謝罪に訪れたと言う。
「受け取ってすぐ捨てたけどなぁ。やっぱり、色々勘ぐってしまうよな」
そして、すぐ夫婦は引っ越し、叔父たちもその後すぐにマンションを引き払ったらしい。
暫くして、叔父は彼女とは一時別れてしまったそうだ。
「そんな事もあったねぇ」
紅茶を飲みながら、叔母が懐かしそうに言った。
「そうだな…あぁ、そう言えば…」
叔父が庭の木を見つめて呟いた。
「ウチにもオーク、ナラのカシワの木があったな。縁起物だから、新築の時植えたんだがな。
まぁ、アレだな。モノは使い様と言うか…人間の心次第と言う事かな。
それがプラスかマイナスかで。有り様が変わってくるからな」
そして、叔父の話は終わった。
今度来るときは、カシワの葉で包んだ柏餅をご馳走してもらい事を約束し、
その日は叔父夫婦の家を後にした。
(完)
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