俺が勤めているところは小さな町工場で、
建っている場所も街からちょっと外れた山のそばのため
この時間になると周囲に人影もない。
「はい、○○工業です」
「ああ、サンジかぁ?」
しわがれた爺さんの声だった。
サンジとは何のことか全くわからないが、聴いた瞬間
俺は「ああ、また間違い電話か」と思った。
というのも、うちの会社の電話番号は、地元のタクシー会社の
電話番号と1番しか違わないために、病院を使う爺さん婆さんが
よく間違えてうちに電話をかけてくるのだ。
「いえ、違いますよ」
「んぁぁ?」
ガチャ
要領を得ない年寄りの電話は一方的に切ることにしていた。
こっちが会社名を名乗った時点で気づいてもらいたいものだが。
また電話が鳴った。
「ああ、サンジかぁ?」
「違います。タクシーの番号なら、×××-××××ですよ」
「んぁぁ?」
ガチャ
一度の電話で間違いに気づかないとは相当ボケてるのか。
こっちはまだ事務処理が残ってるんだからもうかけてくるなよ。
しかし、その願いもむなしくまた電話は鳴った。
「もしもし、○○工業です」
「ああ、サンジかぁ?」
腹が立ってきた。もういっそのこと「そうです」と言ったらどうなるんだろう。
俺はいたずらのつもりで「そうです、何か御用ですか?」と言ってしまった。
「おお、サンジか。じゃあ今からそっちに行くからな」
え?
この爺さんはどこに行こうとしてるんだ?爺さんの勘違いで
見当違いの場所に出かけてトラブルになってもまずい。
俺は間違いだと伝えるために、今かかってきた番号にリダイヤルした。
「あのー、○○工業といいますが、今ですね、そちらのお爺さんから電話がありまして」
「は?なんですか?」
「お宅のお爺さんから、今うちの方に電話がありまして、それで・・・」
「なんですか?うちに男はいませんけど」
「え?お爺さんというか、男の人自体住んでらっしゃらない?」
「なんなんですか?いたずらなら警察を呼びますよ」
どういうことだこれは。
かかってきた番号にそのままかけなおしたのだから
番号の間違いということはない。でも電話先には女しかいない。
さっきの爺さんは一体なんだったんだろう
ドガッドガッドガッ!
突然俺がいる事務所のドアが激しく叩かれた。
びっくりしてドアの方を見ると、ガラス戸の外には誰もいない。
呆然としてドアを眺めてるとまたドガッドガッドガッ!と激しい音がした。
なんなんだ、と思って恐る恐る近づいてみると、ガラス戸の外の
死角になっていた部分に、顔と腕が赤く焼け爛れた男が立っていた。
俺は「うおおおおおおお」と叫び、腰を抜かしてしまった。
よく考えたら、そのドアには鍵がかかってない。
なぜかひたすらドガッドガッドガッ!とドアを叩き続けていた。
(叩くというか蹴っていたのかも。腕が全く動いてなかった)
ドアに鍵をかけようか、それとも奥に逃げようか迷っていたら
いきなり電話が鳴ってまた心臓が止まりそうになった。
必死に電話までたどり着いて取ると、社長からだった。
「もしもし、お疲れ、仕事の調子はどう?」
「いや、それ、それどころじゃないっす。今、外にすげーのがいます」
「あー、何か出たの?じゃあな、神棚に供えてある酒をひたいと首につけろ。
そしたら、神棚を開けてご神体を見えるようにしてみろ。多分そいつ消えるぞ」
俺は震える足で必死に神棚までたどり着いた。外では未だにドガッドガッドガッと音がする。
言われたとおり、酒を額と首につけて、神棚を開けた。すると、グシャッという音がしたと思ったら
それっきり何の音も聞こえなくなった。ドアの所にいた男も消えていた。
次の日、社長に昨日の出来事を話すと「やっぱそういうことも起きるんだな」と、
全て知ってるかのような言い方だったので詳しく聞いてみると、この会社が建っている場所は
霊の通り道で、変な霊が騒ぎを起こすと霊媒師から言われていたので、会社を建てるときに
あらかじめ、壁という壁全てにお札を練り込んであるから、どんな霊も入って来れないように
なってるんだと自慢そうに語っていた。言うならば霊対策のセキュリティだ。
会社の土地を見て、お札を壁に練り込んでくれたあの霊媒師だ。
話を聞くと、うちの会社が霊の通り道に建っていることは本当で、
壁にお札を練り込んであるので余程怨念の強い霊でなければ破れない、というのも本当。
「しかし・・・」 霊媒師は気が進まなそうに言った。
「社長がどうしてもあそこに建てると言うから、仕方なく壁にお札を練り込んだけどね・・・
そのせいで、あそこ、霊の通り道だったのが完全に塞がれてる状態なんだよね」
「それが、何かまずいんですか?」
「あそこを通って霊はいろいろな場所に行ってたんだけども、そこを塞いだために
霊は行き場を失って怨念が強まるという危険があるんだよ。あの結界を破れる霊は
そうそういるもんではないけども、このまま強制的に怨念が強まることになれば
いずれ、あれを破るほどの強い怨念の霊が生まれるかも知れないんだ。
そうなると、私にも、もう対処しきれなくなるからね」
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