「原爆で大火傷を負った人々が水を求めてこの川に殺到し、大勢がこの場所で生き絶えた」と
教えてくれた。
お調子者のKは同じ班の俺やその他の連中に「おい!川に無数の手が見える!」
「人々の呻き声が聞こえる!」などと不謹慎な冗談を言いまくっていた。
勿論Kに霊感など無い。ただの構ってちゃんである。
一々反応するのは疲れるので、皆でスルーしていた。
「ドームから焼けただれた顔がコッチを見てた」等々、嬉々として語っていた。
俺はウンザリしていた。
消灯して寝る段になっても「おい窓に人影が!」などとほざいていた。
しかし皆疲れていたので早々に寝息が聞こえてきた。
K以外は前日明け方まで馬鹿話で盛上っていたので寝不足だった。
たっぷり眠っていたKのみ元気であった。
俺は何故か眠たいのに眠れなかった。
Kは眠っている連中にお構い無く10分置きくらいに「天井に顔が」
「赤ちゃんの泣き声が」などと宣っていた。
見抜かれていたのかも知れない。
その内「ブスゥゥゥゥ…ブスゥゥゥゥ…」という変な息の吐き方をし始めたのでマジで腹がたってきた。
本気のクレームを入れてやろう、Kの反応次第では怒鳴り付けてやる、そう思ってKの方を見た。
俺はドキリとした。
何者かがKの枕元で正座をしていた。
そう思った、思おうとした。
しかしKの枕元に座りKの顔を除き込んでいる何者かは真っ黒な影の様にしか見えず、
男か女かすら解らなかった。
友人なら構ってちゃんのKが黙っているハズなどない。しかしKからは緊張しか伝わって来ない。
「ブスゥゥゥゥ…」という変な呼吸音はKが出しているのか、それとも影の様な奴からなのか
解らないが、異常事態が起きている事を告げていた。
影と目が(奴に“目”が有ればの話だが)合ってしまわない様に目をきつく閉じ息を殺した。
怖くて寝返りもうてない。目を開けると今度は自分の顔が覗き込まれているんじゃないか?と
思えて様子を窺う事も出来なかった。
気が付くと「ブスゥゥゥゥ…」という変な呼吸音は消えていた。奴が消えたのかな?と思ったが、
結局目を開ける勇気は出なかった。
そして、いつの間にか眠りに落ち、朝が来た。多分夢だったのだろうと思った。
Kがばつが悪そうに「寝小便漏らした。頼むから誰にも言わないで」と同室の面々に懇願してきた。
K曰く「深夜に恐ろしい夢を見てチビってしまった」「恐怖の余韻が消えず、
濡れた布団から出ることも出来ず朝を迎えた」との事だった。
悪夢の内容は、皮膚が炭化する程焼け焦げた人間に顔をジッと睨まれた、という物だった。
Kを笑う気には、到底なれなかった。