同期Iの話。
Iは霊感ゼロで、霊なんてこの世にいないときっぱりと言い切るようなヤツ。
対して俺は、小さい頃から気のせいでなければ何度か見ている程度の霊感の持ち主。
先日、会社の花見が都内某公園で行われた。酒がただで飲めるってことで、
俺たちは後先も考えずに飲みまくった。
まだちょっと寒かったせいか、上司は早々と引き上げキャバクラへ。若手だけが残されたため、
かなり羽目を外していたと思う。
そんな中、俺はトイレに立った。なぜかIも着いてきて、二人でトイレへ向かう。
しかし、先ほどから何度も行ったはずのトイレだったのになぜか迷ってしまい、
俺たちはふらふらとトイレを求めて園内をさまよった。
気が付けば、池の淵にたどり着いていた。この辺りは桜がないため、人はまばらで薄暗い。
「あっち方で立ちションするか。人もいないし」
Iが提案した。尿意がかなりピークに来ていたので、酔っぱらっていた俺はそれに同意。
池の淵をぐるりと周り、人気のない場所で俺たちは池に向かって用を足した。
元の場所に帰ろうとした道の途中で、俺たちは倒れている女性を発見した。
髪が長く、シャツとスカート姿で、OLっぽい感じ。酔っぱらって眠っているようだ。
しかし、俺は彼女を一目見たとたん、何とも言えない感覚に陥った。
言葉で言い表せないが、「近づいてはいけない」という信号のようなものが脳みそに直接伝達される感じ。
犬塚の方はは何も感じていないようで、親切心か、女性をゆすりながら話しかけた。
「おーい、大丈夫ですかー?」
肩を押し上げて上向かせる。女性の顔が、長い髪の間から見えた。かなり美人だ。
どうやらIの親切心はスケベ心に変わったようで、「起きれる?」と言いながら抱き上げようとしている。
その時、女性の目がカッと開かれた。
目が真っ赤に充血し、にやりと開かれた口の中の歯が、お歯黒を塗ったように真っ黒だった。
その形相に、俺は「ヒッ!!」と叫び声をあげた。その叫び声を聞いて女性は俺をギッと睨み付けてくる。
ガクガクと足が震える。どうやら、彼女はこの世の者ではないのだと、俺はその時理解した。
しかもその時、池から何本もの真っ白い腕が伸びてきて、Iを包む。
その腕は、Iを池に引っ張り込もうとしているように見えた。
それこそ腰が抜けるくらいに恐ろしくて、俺はもう、涙目になりながら、パニックに陥った頭で
「どうしよう」とばかり考えていた。
だが、Iは女性の形相も自分を引っ張り込もうとしている腕も見えていないようで、
相変わらず鼻の下を伸ばしながら女性を腕で抱え込もうとしている。
「I!!そんな女放っておいて行くぞ!」
俺は精一杯の勇気を振り絞ってIを引っぱった。しかし、Iは「空気嫁」とばかりに手を降って
俺に「あっちいけ」と合図する。
もう自分一人で逃げようとも思ったが、良心がそれの邪魔をする。空気嫁じゃねーよこの馬鹿!
Iを放っておく訳にはいかず、俺はIが池に引きずり込まれないように彼のシャツを引っ張りながら、
「いいから早く行こう!!」と涙目で訴えた。
Iも女も、俺を「邪魔をするな」と言わんばかりの勢いで俺を睨んできて、恐怖と理不尽さで本気で頭が混乱した。
人間、逃げようにも逃げられず、混乱を極めたとき、武器を探すのだと言うことを初めて知った。
俺はその時、本気でパニックになっていて、とにかく自分が持っているものを手当たり次第に二人に投げつけた。
財布、携帯、ボールペン、ポケットに入っていたもの全部投げつけ、Iが「てめーいい加減にしろ!酔ってんのか?!」と
俺が投げた財布やら携帯やらを投げ返してきたとき、丁度尻ポケットに入っていた缶ビールをハケーン。
俺は缶ビールを振って二人に向かってプルタブを開けた。
ブシャー!!っと缶ビールが二人に向かって降りかかる。その瞬間、Iを包んでいた無数の手が一瞬引っ込んだ。
今だとばかりに俺はIを引っ張り、女と腕から離そうとした。
「はやく!はやくそいつから離れろ!やばいぞ!!」
「う る さ い ! ど っ か い け ! ! !」
Iが叫んだ。
恐ろしいくらいの大声。もともと声はでかいほうだったが、この時はとにかくスゴイ声だったことを覚えている。
その声に、俺はパニックや恐怖を忘れ驚き立ちすくんでしまった。
……ふと気が付くと、女性も腕も消え失せていた。
しーんと静まりかえった公園。遠くから、花見客の喧噪が聞こえてくる。
目の前には、頭からビールをかぶってずぶぬれになっているIがこめかみを引きつらせていて、
足元には俺の財布やら携帯やらが落ちていた。
「ほら!お前のせいで逃げられた!!責任取れ!」
俺にとっては理不尽な事を言ってくるI。
確かに、気づかなかったIにしたら、酔っぱらってる美人を介抱するついでにお持ち帰り……というチャンスを、
酔っぱらった俺が邪魔をした、という構図に見えるだろうが……
いろんな意味で洒落にならんほど怖かった。
女や腕も怖かったが、Iも怖かった。
酔っぱらっていたせいか、二週間程たった今ではなんだか夢うつつで現実味がないのだが、たぶんホントの話。
携帯、投げた拍子に壊れたし。親に入社祝いにもらったボールペンは無くすしさんざんだった。
ちなみに、昨日はこの事件のせいでIにおごらされた。
理不尽すぎる。