「だから、裏返しなんだって。靴下をひっくり返したような、そんな死に方になるんだ」
「ふぅん。で、どうやったら裏返しになって死ぬの?」
「部屋にある裏返せるものはすべて裏返すんだ。服とか、カーペットとか、本のカバーも全部裏返せば良い。そうしたら契約が結ばれて、殺して欲しい相手が裏返しで死ぬんだよ」
「契約って、誰と?」
「……さぁ?」昔から幽霊だとか、超能力だとか、呪術だとか、そう言った信憑性のない物は僕はあまり好きではなかった。
ただ、その話を聞いて、正直、試して見たいと思った。
その日家に帰った僕は、暇つぶしに部屋にあるものを裏返す事にした。
幸いにも僕に部屋にはカーペットや畳と言った物がなく、裏返すのは服や本のカバーなど、一人でも裏返せる物ばかりだった。
僕は二時間ほどかけて自室にあるものを考えられるものはすべて裏返すことが出来た。
「これで良いのかな」僕は一人呟いた。
だが僕は肝心な事を忘れていた。殺して欲しい相手がいなかったのだ。
「真治?いるの?入るよ」
不意に部屋の外から、母が声をかけて来た。僕は慌てて部屋の鍵を占めようとしたが、遅かった。
「あんた、何やってんの……」母は僕の部屋を見て呆然としたようだった。僕は急に自分のした事が恥ずかしくなり、俯いた。母の顔がまともに見れなかった。
僕の着ている服は上下共に裏返しになっていたし、他にも部屋の様々な物が裏返しになっていたからだ。きっと真面目な母はあきれ返ってしまったに違いない。
「黙ってないでちゃんと答えなさい。どうして服を裏返しに着ているの?一体何をしたの?」
母は怒気の含んだ声で僕に尋ねた。僕が黙っていると、母は僕の両肩を強く掴んだ。
違和感に気付いたのはその時だった。
母の爪は、普通では考えられないような色をしていた。表面には血がこびり付いていて、指からは血が流れている。
その時僕は俯いていたが、母の足の爪も手の爪と同じような状態になっていた。
「どうしたの、お母さんの爪ばかり見つめて。裏返しになっているのがそんなに珍しい?」感情のない声で母は言った。
僕は、恐る恐る母の顔を見上げた。
「どうしたの、なぜそんなに怖がっているの?」
母は白目で言った。違う、これは、目が裏返しになっているのだ。
「私の歯が裏返しになっているのがそんなに怖い?」そう言って母はにぃ、と笑った。母の歯茎からは裏返しになって露わになった歯の裏側が生えていた。
「ねぇ、真治、裏返しの契約はね、殺す相手がいないと駄目なの。殺す相手がいないとね、わたしは落ち着かないの」
母は僕に一歩近付いてきて言った。僕は両肩に乗った母の手を振り解き、部屋の隅へと逃げた。母は一歩、また一歩と僕に近付いてくる。僕は立ち上がることが出来なかった。
「殺さないと気がすまないのよ。だから真治」
母はそう言うとポケットからペンチを取り出した。そこで始めて、僕は彼女が母ではない事に気がついた。母の格好をした、何か。
何かは僕の口を強く抑えると、歯をペンチで無理矢理挟みこんだ。
「裏返してアゲル」